高架下の漂流物だったあのころのわたしの夏はオレンジジュースを飲むたびに思い出される、するどい気泡がはじけると似合うものがひとつ減って、懐かしいともだちの夢を見る。
外傷はなく内側をはげしくうちつける雨が降り続けた7月の、街をあるく子供たちの赤や黄色のレインコートは鮮やかで、ランドセルはつるんと雨粒を受け付けない、こみあげてくる大量のかわいらしさに胃薬が手離せない。五センチメートルのつま先で水溜まりを蹴れば、アメンボが逃げていく、はじかれる、レインコートと傘で高まった匿名性、傘と傘とがぶつかって、よそみをした隙にポケットに入れられていた(わたしを愛して、)すべてが底辺を五百メートルとした三角形の中の出来事、出口は見るたびに小さくなっていくから、もう再開することはないでしょう。
傘をさした人々が駅の改札口へきえていく、ミニスカートをはいた女の人のふくらはぎも丸い尻も、きえた。そこにはにぶい喧騒の痕だけが残る。
駅から三十歩はなれたガラス張りの薬局で、試供品の口紅を手の甲に擦り付ける、なにを試みても蛍光灯のなかでは、定まらない、外から迷い込んできた蛾が化粧品売り場を舞って、何もなかったみたいに力尽きるところ、そこがわたしたちの生活圏、店内の時計を見ると、わたしみたいなやつはやっぱり遅刻している。
十八歳のころ分厚い風俗情報紙のランジェリー姿の女と女のあいだに、適職を見つけた、それだけのこと、服をたたむのが上手になって、柑橘類をよく食べるようになって、オレンジ、蜜柑、それからグレープフルーツ、を齧って、肌がきれいになった、と母に言われたのはおとといのこと。
生理用ナプキンとオレンジジュースを買って薬局を出ると雨はやんでいた。
その夏は高架下をテレビとか動物とか
たくさんの漂流物がながれていて
そのなかにわたしもいた、
当然のようにそれらは
えいえんにその夏を漂流しつづける
きっとそれだけのこと、体内に残留しているのは与えようのない求めるものばかり
絶えず唇を濡らした(わたしを、//して)