同じはずの朝が暗くなり
時間に閉じこめられてしまった
ワイパーで雪を払う
もうそんな季節になった
だがこの冬はまだ浅い冬だ
明日から昨日へとうろつき回りながら
自分に宛てた手紙に返事を続けるうちに
車の窓が凍りつき
ボウルの湯をかかえて走り回る
ほんとうの冬が来る
分かったからもう少しだけ
時間の中に突っ立っている
@
スタバの窓から覗き見る駅舎の入口
行ったり来たりする老人の
瓶底眼鏡に映りこむバス
かれはどこに行きたがってるんだろう
制服の姿はもうない
白い息を吐いていたあの子もあの子も
今頃は鉛筆を動かしているんだろう
さめた珈琲を飲んでいる自分
一日が平常運行しているのを知る
@
午前から午後の変わり目
また指を剥いていることに気づく
足元に溜まった白い剥きあと
これらすべて自分だと思う
捨ててきたものを寄せ集めたら
何かできるかもしれない
診察室の窓の外に風はなく
松のてっぺんにはひ弱な枝
前屈みに歩くタクシーの運転手
今日も指を剥いていた
@
鮮やかなサインが欲しい
誰も分からず気に止めないが
わたくしには瞬間それと知れるもの
終わりのある回路が欲しい
熱を帯びて止めようもなく
から回っているのはかなしい
洗い立ての猫のしっぽが欲しい
ふれようとする手を止めて
ずっと見惚れているだろう
あと少し自由になれ
@
夜になり
雨の音を聴いている
ある人はこれを
騒がしいイナゴの群と思い
ある人はこれを
爆弾が落ちると思う
またある人はこれを
かき消された詩人の声にするだろう
映画の前編だけを
撮り続けるような日が
どうやら今日も
ひと段落するらしい
読書灯をひねり
雨の音を聴いている
○
一つの完璧なたまごが
二つに割れたら
片方は死んで片方は生きる
また二つに割れたら
死んだ方の片方は生きて片方は死ぬ
生きた方の片方は死んで片方は生きる
死んで生きて死んで生きたり
生きて死んで生きて死んだり
陽炎の立つ道を
歩いていく人たち
消えてまた現れて
@
さみしさよ
あんたのことが大好きで
魂の伴侶みたいに思ってますが
あんたの脚をぶったぎり
火にかけ
じっくり炙りながら
しみ出すダシでニコニコと飯を食う
そういう気でいることを
あんた分かっているんでしょう
だからあんた
そんなにさみしそうな顔
しているんでしょうね
@
水が蛇口の先を
突き破って落ちる
重い闇に満たされた台所の
磨りガラスの扉の奥に
いなくなった家族たちが
笑い声を立てている
欲望は
何色だろうか
みしみしと鳴る床の上に
花を落として足を投げ出す
@
冬の一日前の夜中に
二基の点滅信号機
その光にあぶり出された
よるべない影に
首根っこをつかまれる
――影の足音を聞けるだろうか?
お前はそんなもんだと言う
肩のうしろを見てみろと言う
部屋に辿り着くまでに
何度も撫でさすって確かめたが
そこには硬い骨しかなかった
@
立方体の水槽に
おちつかぬ沙魚が一尾
壁に唇をぶっつけ
砂をかき立て
かれの立方体を
泳ぎ回っている
夜に水を替えられ
魚は全身を真黒にかえた
濁り水に肌を合わせた沙魚の
開かれた目 アレルギーの呻き
水はかれを
静かに見ている
外では冬の風が
何かに当たっている
@
きれいな女の子が
鼻くそをほじり
それを口に運んでいる
バックミラー越しに
後ろの"I"の瞬間を目撃する
前の"I"の眼の光に
釘打たれていながら
(知っているか、知らないか)
女の子は窓の外に
次の鼻くそを投げる
まるで羽根が
生えたみたいに人間だ
前のランプが消える
もう誰もいない
@
生き物たちが夏を
少しずつ盗んで
消えていったから
隙間を見つけて
音を立てるのは
風ばかり
あの夏のにおいを
うまく想像することすら
できなくなっている自分は
前屈みで歩きながら
一年前のコートのポケットに
飴の包みを見つける
ずいぶん待ったね