【イコ「領土」に寄せて】
Franz Hilbert×叢雲 綺の対話です。
今回はイコ作「領土」について語りました。
なお、「領土」は月刊twitter文芸部のバックナンバーからご覧いただけます。
【究極の「匿名性」】
F.Hilbert(以下F):読後、最初に浮かんだのはこの言葉だった。
綺:究極の「匿名性」ですか?
F:そうそう、それ。三人称形式の作品であるところの「三人称」構図がね、嫌ってくらいはっきりでてんの。
綺:Aと1が同一人物かどうか、ってのがtwitter文芸部の合評会で話題になってましたしね。
F:まぁ、それに関して俺の意見を言えば、やはり別人と捉えるほうが自然だと思うんだよな。完全に独立した別人、それぞれの日常的世界をうまい具合に切り取った作品だと思うんだよ。
綺:むむ、別人ですかね?やっぱり。敢えて同一と捉えて時間の流れみたいなもの、過去と現在とか、そういう線をつけて読むほうが「面白い」とは思うんですけど。
F:確かに線が明確な小説は納得しやすいし読みやすい。主題もはっきりとした形で書くことができるかもしれない。でも、それってそんなに意味のあることかね?
綺:主題は大事だと思いますけど、あまり露骨だと下品ですよね(苦笑)
F:そうそう、下品に見えるな。この作品はタイトルが示す通り、個人個人の間合い、縄張りみたいなものを意識はしている。だが、敢えて全面に出している感じがしない。作者は出す気もない。それよりも「匿名性」ということへのこだわりが感じられるよ。
綺:最初に言ってた話ですね。
F:感情的な言葉を書いているようで、そこには一般性しかないのではないか?個性みたいなものを人物たちからは感じなかった。
綺:駅員の在り方ってどうですか?
F:駅員の存在はこの小説において極めて特異な存在だろう。コミュニケーションという意味で。1で書かれている部分にも友人同士のコミュニケーションは登場するが、「彼」はあくまで引いている。理由はどうあれ、積極的に人、究極の匿名を剥がそうとしているのが駅員なんじゃないか。
綺:私も一読目に駅員の在り方が異質な気がしたんですよ。なんだかこの人物だけが、小説の世界から浮いているような印象を受けたんですよねぇ。いや、勿論いい意味ですけど。そこに何か意味があるのかな、と思ったわけです。
F:俺もそういう感じはしたね。あの人物の登場が逆に小説世界の匿名性を引っ張り出すのに貢献しているんだろうと思う。
綺:最後のストライクおじさんについては?
F:あれは結局黙っちまうわけだし、一瞬出てくるけど、結局没個人の典型のような気がするな。それほど際立っては見えなかった。
綺:なるほどねー。あれで終わりというのには意味があるのかな、とは思う。
F:結局個人の「領土」について書いているのだが、複数の人間の間で人は「匿名」にならざるを得んのだろうな。そういう当たり前のことを上手い具合に切り取るとああなる。
綺:イコさんのこれまでの作品にはなかったですからねぇ。こういうタッチというか。かなり実験的な匂いはします。もっと読みたかったなぁ、っていうのが私の素直な感想ですねw
F:もっと書いていたらどうなっていたんだろう、とは思うな。だけどもこれ以上書いたら「匿名性」というこの作品の特色が損なわれる気がしてならんよ。これはこれでいいんだろうな。
綺:全体的にものすごくクールですよねぇ~^^カッコよすww
F:かっこいいかどうかは知らんが……(苦笑)まぁ、クールだな。
綺:人身事故のくだりにはかなりびっくりしましたけどね
F:あぁ、あそこねぇ。あの「死」自体が三人称の死として書かれているところが興味深いな。もし、「彼」の知り合いの死、「二人称の死」にしていたら作品の雰囲気はだいぶ損なわれていただろうな。
綺:ウェットになりそうw
F:結局のところ人それぞれには「自分の生活」=「領土」ってもんがあるんだろう。誰もそこから逸脱しない。この作品にはメッセージ性が少ないが、強いて言うならそこに作者の内面を感じるかな。
綺:勿論褒めているわけなんだけど、イコさんは冷静な目を持った作者さんだから、この作品でそれを遺憾なく発揮していると思うな~。
F:遺憾はあるだろうがな(苦笑)特に枚数の面で。そりゃ、仕方ない(笑)
【テーマへの眼差し、メッセージ性?】
綺:確か、そもそもこの作品っていうのは「土地に関して三人称で書く」という縛りを設けて書こうって企画から出たものなんですよ。「土地」というテーマでこう来るとは思わないところがあってビックリしましたがw
F:土地ねぇ……。確かに個人という土地、A.Tフィールドみたいだな(笑)←エヴァンゲリオン参照。
綺:私も同じテーマで「西瓜」という作品を書いてるんですが、ストレートに「土地」を書いたよw
F:お前の場合なんのひねりもないからな(嘲笑)
綺:ひっどい言い様ですね(ムッキー!)でも一つ言い訳させてもらうと、あれは「土地」は書いたけどテーマではないんですよ!!
F:あ、そうなの(嘲笑)まぁ、お前には無理だから諦めなさい。
綺:ムッキー!!……まぁ、そんなことより、テーマへの切り取り方、これについてちょっとしゃべりましょうよ。
F:そうだな、お前をバカにすんのは後でやるとしようか(笑)「領土」、まぁ土地に関してはタイトルにもなっているが、果たしてこの作品のテーマかは怪しいところだな。
綺:えー、そうなんですか?私は「人間の距離感」そう、ちょうど大陸の国境が接しているような国々を連想してしまうんだけども。それを人間に仮託するとこうなるのかな、と。
F:あー、すまん。さっきの言い方だと少々語弊があるな。なんていうかな、お前が今言ったようなことは確かにあるんだよ、だけどそれが作品の上っ面な気がするな。もっと人間存在を客観的かつ冷静に眺めたところに本当の主眼があるように思うがね。
綺:それってなんですか?
F:それが掴めないから何回も読むんだよ……(苦笑)やすやすとつかめると下品になるだろうが。
綺:そこがメッセージ性の弱さにあるんでしょうね。
F:まぁ、そうだな。俺はそれを肯定するけども。
綺:肯定ってことはメッセージ性はない方がいいってことですか?
F:勿論、すべての作品に対して言えることじゃねぇよ?時にはメッセージ性があるほうがいい場合だってあるだろう。だが、今回ここまでクールに仕上げたんならそれを通すべきだ。迂闊に「悲しい」とか添加してみろよ、陳腐になるぜ?
綺:私としてはつかめないことがモヤモヤにつながって気持ち悪いんだけどなぁ(苦笑)
F:「領土」は一つのアートなんだよ。
綺:アートというのは?
F:「世界」があるってことさ。陳腐なメッセージなんかじゃねぇ、「世界」がある。まぁ、それが世間的に良しとされるかは別だが(苦笑)世間はメッセージ性の強いものを欲しがるからな。
綺:デュシャンの「便器」とか?
F:それをいうなら「泉」だッ!
綺:てへ☆
【で、まとめましょうか?】
綺:なんか長くなっちゃいましたけど……。
F:まぁ、読んでくれるだろう。
綺:読んでくれないと泣いちゃいますよ~
F:勝手に泣いてろ。
綺:あ、「勝手にふるえてろ」まだ読んでない~読んできます~!
F:あ、こら、待て!あぁぁぁ対談がぁぁぁ。
……ほんとにどっか行きやがったな、あのバカ。仕方ないからここからは俺がさっくりまとめていこうと思う。
特に俺が一番言いたかったことは「匿名性」とその「効果」だな。敢えて一人称ではなく、三人称で個人の領域(領土)の問題を扱ったところに価値があると思う。だが、本当にこれは三人称なのか?と思う所もあり、なんともおさまりの悪いというか、居心地の悪い作品だった。
長さに関して言えば、これ以上書くと、作品世界が崩壊する恐れがある。Aと1の関係性とか、明確に書くというのも一つの在り方でそうなるともう少し長くなると思うが、あえて最後までそれについては言及しないほうがいいと思う。
全体的に平べったい作品なんだが、その分人身事故のくだりが際立つかな、と。そこの部分の人々がいい味出してた。結局はみんな「他人事」という感じがする。
それからこれは、一読してモヤモヤしたい人向けの小説だな。明確な主張、ストーリーを追及したい人間には向いてないと思うから、読者層はかなり限られる予感がある。
……と、こんな具合でどうだ?
あまりまとめになっていないが(苦笑)今の俺に読めるのはこんな所だな。とにかくクールな印象がついて回るのは、現在形の多用からだろうか……。これは俺が今実験しているところだから何とも言えんが(苦笑)
作者の意図とは全くかけ離れた読みをしている可能性はある。でもまぁ、至極素直なコメントとして受け取ってくれ。
では、ここで筆を置くとしようか。あのバカ、戻ってくるのか……?
(おしまい)
※新入部員Franz Hilbertのコラムは次号掲載予定