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芥川賞読書会第9回

作品:古井由吉「杳子」

日時:平成24年9月6日(木) 22:30~24:30

場所:skypeチャット

ホスト:あんな

参加者:緑川、小野寺、6(途中参加)

 

 

 

annaendo: じゃあ始めましょう

緑川: では、お願いします

annaendo: ではまず緑川さんの読んだ時の印象を簡単にききたいです

緑川: 難しいなあ

緑川: 何と言って良いのか、よく分からなかったというのが本音

緑川: ただ、小説として、上手いところ(≒困難なところ)を突いていると思いました

緑川: 書けませんから、ふつう。こういう作品

annaendo: よくわからない、と言っている人が部内に多くて、私はすごく意外だったんです

小野寺: こんばんは

annaendo: あ、きた

緑川: ふむふむ

annaendo: こんばんは!!

緑川: こんばんは!

小野寺: 22:30と思い込んでいました

緑川: あぁ、22:30ですね

annaendo: ややこしいですね

緑川: ただ、人がそろったら、始めようかと

緑川: それで少し早めに来てました

annaendo: 今始まったばかりで、読んだ感想を簡単に話してました

annaendo: 小野寺さんはどうですか?

小野寺: 全体のですか?

annaendo: はい

小野寺: 20数年前に読んだのと今回ではかなり違います

緑川: ふむふむ

annaendo: どう違いましたか?

緑川: 昔読んだときは、純愛ものと思われたとか

小野寺: やはり20数年前は病気をロマンチックなものと捉え彼との間の純愛物語かと思いました

小野寺: 今回は紡ぎだす言葉の織り成す夢幻のような話だと思いました

緑川: まあ、小説でなきゃできない作品ですね

annaendo: 書き方がものすごい上手いですよね

緑川: むちゃくちゃすごい

緑川: こんな表現ありなのか? というのが違和感なく作品の中にちりばめられている

annaendo: まず冒頭ですが、「杳子は深い谷底に一人で坐っていた。」

annaendo: ここからもう実力のない人だと失敗しますよね

緑川: なるほど

小野寺: あんなさんの全体の感想は?

annaendo: 杳子の存在が限りなく透明で不確かなのに、なぜか読み進めていくうちにすごく身近に感じてくる。読み終わった時に夢を見ていたような気分になりました。

小野寺: 夢のような感じはしますね

annaendo: まずこの小説、彼と杳子以外ほとんど出てこないですよね、あとは姉くらいかな。

緑川: 杳子自身の存在そのものが不確かであり、また逆に異様にくっきりしている

緑川: これ、杳子の自己意識でもありますね

緑川: で、「不確か」と

緑川: 「異様にくっきりしている」は、ある意味同じことでもあるのかなと

小野寺: 作者は杳子の心理や気持ちを排していると思います

緑川: 世界と自分自身の関係が、人とずれているという意味で

小野寺: まるで動物を観察するように杳子の行動を執拗に描写する

緑川: ん、話題がばらばらになったw

緑川: ちょっと、あんなさんの言われる、二人と姉以外がほとんど出てこないってことを話しますか?

小野寺: 中心がないというのはキーワードですね

小野寺: そういう表現ありました

緑川: 話題を絞る意味で

annaendo: ではとりあえずそうしましょう

緑川: 「中心がない」というのは、後で話しましょう

annaendo: 人物を描く時、だいたい周りの人々を丹念に描いていって主軸となる人物を浮き上がらせる、という方法が多いような気がしていて

小野寺: 関係性ですね

緑川: ドラマを生みますね

annaendo: この二人だけの交流で貫くというのは自分には結構衝撃でした

小野寺: 姉も杳子の分身のようなものですからね

annaendo: そうですね、分身というか、杳子の一部というか

小野寺: それは純愛といえなくはないですか

annaendo: 純愛というよりも、んーあまり彼に愛というものは感じなかったです

小野寺: 智恵子抄のような

緑川: 姉の位置付けについては、杳子は否定的なんですよね

緑川: 無理やり健康になった人ということで

緑川: 智恵子抄、出るかなとは思ってました

annaendo: 病気、という単語が何かこの小説の芯な気がしますね

小野寺: 当時はメンヘラが珍しかったんだと思います

緑川: 芯ですね。そして、それが作品の中でどういう扱われ方をしているのか

緑川: えっと、「二人だけの交流」ということについて言えば

緑川: 私、最初に分からないと言いましたけど

annaendo: メンへラが珍しかった時代に書いたものであっても今読めるというのはすごい

緑川: 杳子にとって彼は何なのか、というのも分からないことの一つです

小野寺: 同病相哀れむのようにふたりは病気を仲立ちに結びつきを強めていく

緑川: たんなる観察者では、もちろんないし

annaendo: 私は逆に彼にとっての杳子がよくわからない気がしました

緑川: 保護者でも、治癒者でもメンターでもない

小野寺: 病気=純粋への憧れなのではないかと

緑川: 彼には、明確な位置付けがないと思った方がいいんじゃないかと

緑川: だから、S君

緑川: 名前がない

annaendo: 「いいえ、ノイローゼなら僕も慣れてますから」っていうセリフがあるんですが

annaendo: 彼にもそういう過去があったのか、とか思ったりした

緑川: あぁ、そっか、あえて言えばセラピストみたいな感じなのかも

小野寺: 私は彼のノイローゼというのはそれほど深刻なモノではなく緑川さんが言われるような一般的な範疇なのではないかと思います

annaendo: そう考えてみると、小野寺さんの言われた純粋への憧れというのがしっくりきますね

小野寺: これは昭和40~50年代に流行していた考え方だと思います

小野寺: 就職するのは悪のような

annaendo: 彼にとっての純粋がまるまる杳子ということにもなるかもしれない

小野寺: 当時は学生運動が流行っていたから

annaendo: ふむふむ

緑川: 純粋・・・、う~ん

小野寺: その点は20数年前も現在も変わりません

小野寺: 私の感想では、

緑川: 社会に対してコミットメントするのとは真逆の方向ではありますね

小野寺: ええ

小野寺: だから内向の世代と言われていると思うのです

緑川: 「内向の世代」とはよく言ったもので

6: (ログおっていました。こんばんわ)

小野寺: こんばんは

小野寺: 6さん

annaendo: 6さんこんばんは!

6: こんばんわ!

緑川: こんばんは!

小野寺: ただこれはけっこう当時の読みだと思うんですね。純粋とか内向とか

annaendo: 当時の選評貼っておきます

annaendo: http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/senpyo/senpyo64.htm

小野寺: だから現代の感覚で読むとどうなのかな

緑川: 「鮮やかな印象」とか「陶然とさせられた」とか、たしかに分かるんですけど

6: 「「杳子」は(引用者中略)何か混沌とした、暗い明晰でない、灰色の感じが、この小説の場合には、この灰色の混沌も、小説の色どりと持味になって、密度の濃い、面白いヤヤコシさで、筆の妙味に陶然とさせられた。」

6: ―滝井孝作

6: これすごくよくわかる。

緑川: 印象批評というか、もちろんそれも悪くはないんですけど

6: 灰色の感じ。

小野寺: 私は白く感じました

緑川: では、この作品をどう読んだのかとかになると、どの選者も頼りない

annaendo: 密度の濃い面白いややこしさ、っていうのがうまいですね

小野寺: なんかすこしずれてる

6: うまいですね。

緑川: 読者を導くような寸評も欲しい

annaendo: この回は古井の二作がずば抜けていたのは確かみたいですね

6: 「杳子」は何だかモヤモヤする面白さだった記憶がある。

緑川: この回の他の作品は読んでませんけど、歴代の受賞作の中でも図抜けているかと

annaendo: それだけインパクトというか、密度が濃い短編という印象だったんでしょうかね

緑川: まあ、文句なしの受賞だったのかなと思います

annaendo: 妻隠とどっちにしようでうだうだ言ってる感じですね

小野寺: 冒頭の数行でいきなり飛躍させて日時、場所を提示させている、これがすごい

緑川: 妻隠の方が、いわゆる小説らしい感じで、そっちを評価する選者がいるのも分かりますけど

緑川: やってることは、「杳子」の方がすごいと思います

6: (「杳子」6年ぐらい前に読んでおぼろげな記憶をたどりながら、話すこと考えていますwにしてもすごい再読をそそられる高評価)

annaendo: 今だと、これはやっちゃだめだろ!ってのが詰まった小説だと思うんですけど、なんでこんな面白く嫌みがないのか、と

6: やっちゃだめだろっていうのは、たとえばなんですか?

小野寺: 彼であったり男だったりS君だったり視点が定まらぬ感があります

6: なるほど・・・

annaendo: まあ、設定としてメンへラカップルが喫茶店でいちゃこらしてるだけだったりするんで。。

小野寺: じゃあはじめの描写って誰が書いてるみたいな部分は確かにあります

6: あ、そうでしたねw>あんなさん

6: 冒頭はたしかにすごかったですよね

6: いきなり喫茶店にとぶんでしたっけ?

6: 谷からの喫茶店、違和感ありありなんだけど、それをどうどうとやってのけられた記憶が・・・

小野寺: 岩の上にいる杳子が男を見つめるシーンと吊り橋のシーンが印象的です

小野寺: 偶然また会うんです…

6: 吊り橋ありましたね>小野寺さん

6: 喫茶店じゃなかったか・・・

緑川: 谷から喫茶店に飛ぶのがすごいんじゃなくて

緑川: 谷底に杳子が佇んでる時の、岩の描写が生々しい

緑川: 他にも何ヶ所かありますけど

6: なるほど・・・

annaendo: 谷から駅で偶然再会→喫茶店ですね

緑川: 緊張をはらんだ杳子の目に、風景がなまなましくくっきりと映っている

緑川: この作品の見どころでもありますけど

小野寺: 杳子が飛んでくる鋭角の岩を見るのはすごいです

緑川: 普通の人でも心理状態によっては風景を生々しく感じるときはあります

緑川: ラストもそうかな

緑川: 「杳子は赤い光の中へ目を凝らした」以下

緑川: そして杳子は言います

緑川: 「ああ、美しい。今があたしの頂点みたい」

緑川: ここ、作品のキモじゃないかと思います

小野寺: ええ、このセリフがすごいんですよ

小野寺: 20数年後も残っていました

annaendo: 今があたしの頂点みたい

annaendo: すばらしいセリフ

緑川: 二節の途中にもありますけど

緑川: 「目にしっくりなじんで、とてもきれい。きれいすぎて、もったいないみたい」

小野寺: これはS君と結婚するにせよ病院に入るにせよ世間と関係してしまう、それが純粋性を汚すと思いました

緑川: 杳子自身はなおったからそう見えると思ってるみたいですけど

緑川: そうじゃなくて、けっこうキツい状態でもあります

6: (なつかしい・・・そんなシーンありましたね・・・)

annaendo: きつい状態w

緑川: 風景がそんなふうに見えるなんて、心理的にかなり緊張をはらんでいる

小野寺: そうですね

小野寺: 心理状態がブラックボックスでよくわからない

緑川: 分析しようとするとかえって分からなくなりますよ

緑川: トータルで見ないと、こういうのは

annaendo: 私、きつい状態の時こうなる時あるかも

annaendo: だからすごいこの話がわかったのかもしれない

緑川: 音楽が異様に美しく聴こえたりとか

annaendo: カメラの焦点が一点にしか合ってなくて、そこだけ異様に鮮明というか・・・

小野寺: うひゃあ

緑川: そうですね。リラックスした状態じゃない

annaendo: 追い詰められてると一瞬、一点がすごい輝いて見えたりするんですよね

小野寺: そういう諸々のモノの見え方は小説に使えますね

緑川: で、それと対照的なのが彼、なのかも

緑川: 杳子の手紙の中にありますけど

小野寺: この作品では岩の場面ですね

緑川: そうですね >小野寺さん

緑川: えっと

緑川: ちょっと引用しますね、手紙

緑川: 「(あたしが)しっかり歩くには、あなたの困りはてたような、すこしおかしな顔を、前のほうに思い浮かべることが必要です」

緑川: 杳子にとっては、病気を裁かない

緑川: 彼が必要だったということなのかも知れないと、ちょっと思いました

緑川: いや、ある程度は、いろいろ言うんですけど

6: (ちょっと引用してもらっただけでなんかこの文章の気持ち悪さ(賛辞)たら、ないな)

緑川: 困ったような顔をして随伴してくれる彼が必要だったということかなと思います

annaendo: 「吊橋の時みたいに助けてほしいの」

小野寺: S君の愛は保護者のような愛なんですね

緑川: う~ん、そういうことになるのかな

小野寺: つまり治らなくてもいいからそのまま受け入れてほしいみたいな

6: 保護者ってのは何か感じなかった気が・・・

緑川: メンヘラが、メンヘラを求めるかっていえば、じつは違ってて

緑川: このS君のような健康な人を求めるんじゃないかな

annaendo: 彼は結構冷たいような言葉を投げかけるんですが、結局杳子の不思議な魅力に取り込められて、病気の存在に恐怖を感じながらも近づいていく

小野寺: 男から見れば相当に面倒なひとです

緑川: 巻き込まれないんですよ、S君は健康だから、杳子の病気に

緑川: 面倒くささや疎ましさ、ときに恐怖を感じても

annaendo: 彼女をいま病気につなぎとめているのは、ほかならぬ自分自身じゃないか、

annaendo: というところがありますね

緑川: まあ、精神的な病気っていうのは、そういうものですね

小野寺: メンヘラというか女性には普遍的な要素でもあると思うんですよ

緑川: はたから見てると、この人、治りたくないんじゃないかと思える節があったりします

annaendo: 結局二人の繋がりが「病気」であるから

annaendo: 病院へ行くことは、

6: 二人の繋がりが「病気」ってすごいですね。。

annaendo: 二人の関係が変わってしまうってことだと思います、

annaendo: だから、病気じゃないと姉に説得しようとしている

緑川: そこまで杳子は考えているのかな

小野寺: だから頂点なんですね

annaendo: はい

緑川: 自分の病気そのものを肯定してる感もありますし、彼とのこととは別にして

小野寺: 純愛もまったく的外れとは思わない

annaendo: でも二人が男女の関係になる時、彼の視点からはすごい冷静な描写で書かれてますよね

小野寺: そうですね

annaendo: 愛とはなんか違う感じがします

緑川: 愛というよりは、彼の健康な性欲、と読みました

小野寺: それが従来の小説と違って反小説に見えます

6: 健康な性欲・・・。

緑川: はい。若いですし

annaendo: 私もそんな感じしました

緑川: で、さっき、あんなさんが引用された

緑川: 「ノイローゼなら僕も慣れてますから」という彼のセリフ

緑川: これも、若さじゃないですかね。そういう心理状態にもある程度理解がありますよ

緑川: みたいな、ある意味背伸びをしてる感じ

小野寺: そのセリフは精神的にわかり合いたいという気持ちの表れなんじゃないんですか

小野寺: 杳子は他者と関わろうと思わない人ですからね

緑川: えっと、それを姉に言うのかなと

緑川: 杳子は、S君には関わりたいんじゃないかと思いますよ

緑川: だけど、それがすんなりと自然に表現できてない

小野寺: でもそれは揺らいでいると思います

小野寺: 電話にすぐに出ないとか

緑川: 病気ですから

緑川: 気持ちは持ってても、自然な行動が取れない

緑川: ステアリングの狂った車のハンドルと同じような感じ

小野寺: 杳子はS君と一緒にいたいとは思っても精神的な交わりを持ちたいと思っているかどうかは疑問です

annaendo: 結局杳子は吊橋の時みたいにまた助けてもらうこと、に依存しているだけと思いますよ

6: (この小説って読後、友達と感想言いあったけど、なんか共有できなかったような気がするなぁ。手が届き難く、多様な読みを誘発する小説だったような)

小野寺: 私もそう思うな

小野寺: 山に例えるといろんな登山道があるんですね

緑川: 「精神的な交わり」、まあ、精神的に問題のある人は、それを人に分かって欲しいとは思ってませんから

annaendo: 多様な読み方ができるけれど、世界観はすごく狭いですよね

緑川: ただ、一緒にいたいとは思う。それで、いいんじゃないかと、他人と関わるという意味

緑川: あんなさんの言われる、「依存しているだけ」ってことになってしまうと

緑川: 小野寺さんの純愛説が揺らぐ・・・

6: 何をしてほしいわけでもなく、一緒にいてほしいという願望はこの世界にもあるんじゃないでしょうか。

annaendo: 外側から説明すると依存になりますが、緑川さんがおっしゃったことが内側には隠れていると思います

小野寺: それでもS君が愛するなら純愛かとも

6: 純愛か・・・。

annaendo: S君別に愛、とかじゃないですよ。同じだと思います。ただ一緒にいたいという。

annaendo: 後半に姉に「恋人」と思われてる、という文章がたしかあったと思うんですが、恋人とかではなく一種の二人の共通言語みたいなものじゃないでしょうか

annaendo: それが言葉にすると、病気?

annaendo: 頻繁に出てきますよねこの、病気って言葉が

annaendo: 広い意味で考えると愛とも取れるのかな

小野寺: これ病気が頻発するのは時代性もあると思います

小野寺: あんまりメンヘラがない時代なんで

annaendo: 私にはこの病気って言葉がそのままに取れなかったですね。色んな意味があると思いました

小野寺: 私もそう思いました

小野寺: 無理に貼ったレッテルのように思いました

小野寺: 緑川さんの言われていた世界のずれの話はどうなったんだろう

annaendo: もう結構いい時間なので最後に言い残したことがあればみなさんどうぞ

小野寺: もう少し中心のない…の部分について語りたかったですね

6: 文章のテンポがスローリーな感じしませんでした?

緑川: では、「世界と自分とのズレ」ですが、そのままの意味ですね

小野寺: 内向の世代の特質ですね

annaendo: (中心のない……の部分って何でしたっけ汗)

小野寺: 二回そのままでてきます

annaendo: スローリーというか人物の視点や行動が濃密で見逃せない感じでした

annaendo: 細かくて

小野寺: 読んでいるとドキドキとしてくるんですよ

6: 古い文体ってやっぱり真似できないものなんですかね。この何かを決定的に欠いたスローリーな文体って・・・。ふつうにはかけないのかな。

6: 視点の何かねじまがった濃密さは感じた記憶があります。

小野寺: 同語反覆がが多いです

annaendo: たしかに独特な文体ですね

緑川: ただ古いっていうのではなくて、濃密ですよ。並みの筆力では出てこない表現が頻出します

6: あ、すいません古井文体です。

annaendo: ははw

小野寺: wwww

緑川: なるほどw

6: 古井文体って会得できんだろうなぁ、一生かかっても・・・。

緑川: あと、古井の初期作品に「雪ノ下の蟹」っていうのがありますけど

annaendo: 何か欠けてるようでいてすごい無駄なく詰まってますよね

緑川: なぜか、それを思い出した。社会的な広がりはないんですけど

6: 何かを欠いているようで、過剰なものがもれだしているような・・・。

小野寺: なぜ電話番号も知らなかったのに家に行けたのかがわからない

annaendo: これ会得できたら最強ですね

6: 最強っていうか、古井さんの人間国宝級の文章芸ですよねw

annaendo: 彼に電話番号教えて最初かけてますよ

小野寺: でも家に行けるかなあ

小野寺: 電話のあと

annaendo: たしか送って行ってたような

annaendo: その辺の細かいところを煙にまくのもうまいですね

小野寺: うまいのは、退屈になるとわかりやすくしますよね

小野寺: それからまたややこしくする

6: (「世界の中心で愛をさけぶ」が書店を座関してしばらくたったころ、「杳子」と「死の刺」に真の愛を見た気がしていました―2006年ごろ)

緑川: 杳子から手紙が来てるので、封筒に住所が書いてあったとか

小野寺: あ、そうか

小野寺: 電話は知らなかったけど住所は知ってたのか

annaendo: 普通の人が書いたらどうしようもない作品になる。絶対。

緑川: メンヘラ、作中での扱いが難しいし

小野寺: 題材としてはそうかもしれません

小野寺: 文章のテクニックが学ぶべき点多いです

6: どうしようもない作品書きそうだな。。恋愛はなかなか怖くて書けない・・・。

annaendo: 自分の処女作が痛いメンへラ作品でした。恥ずかしくて捨てましたw

小野寺: みたいよ

緑川: この作品では、ある意味うっとうしいメンヘラを安易に裁かずに、辛抱強く作者が寄り添ってますね

6: 文章のテクニックは学びたいなぁ。けど学べるのかな・・・。この作品から。遠すぎる気が。

緑川: 杳子が小説を書いたような感じ?

小野寺: 喫茶店でいつもと同じ場所じゃなきゃやだみたいなところはうまいです

6: なるほど・・・。

小野寺: だから前半はうまいところの連続ですね

緑川: 世界の中での自分の居場所が不安定なので、逆に同じ場所に固執するのかも

緑川: 知らない場所が動きづらかったり、儀式めいたやり方に執着したりとかもそうかな

6: メンヘラか、物語の一部としてはだせませんね。メンヘラをだすとメンヘラを描くだけで小説が終わりそうだ。。

6: いつか・・・挑戦するだろうか。

6: でも主人公はある種のメンヘラであってほしいかも。

annaendo: 私はこういう小説が存在してることがすごい嬉しかったですね。

小野寺: やっぱりデフォルメがすごいですね

小野寺: 全体に

6: あんなさんみたいな感想を作者がきいたらすごくうれしいでしょうね。

annaendo: こっち方面に突き抜けられる人がいるんかー!っていう

小野寺: 背景とかほとんど書かない

緑川: あんなさん、他に古井作品読まれてます?

annaendo: 今妻隠途中です。。

緑川: ですね >小野寺さん

annaendo: 年代順にいこうかと

緑川: 初期作品、文芸文庫で読めますよ

緑川: あ、もしかして絶版だったりして

annaendo: 調べるとだいたい絶版で(泣)

小野寺: 私は実は古井作品は苦手でして「水」や「櫛の火」を最近読んだのですがあんまり面白いとは思わなかったです

緑川: 男たちの円居とか雪ノ下の蟹とか、好きです

6: 「白髪の唄」の途中です。

小野寺: 自選作品集は初期はないんです()

緑川: 河出文庫だったかな、「眉雨」も良かった

緑川: あぁ、そうなんだ

6: 友人が「白髪の唄」が書けたら死んでもいい、って言ってたからどんなもんか気になって読んでいる。。

小野寺: 膨大な作品がありますね

緑川: えっと、私、昔、最初期の「一角獣の話」から入ってる作品集持ってましたけどね

annaendo: 長生きしてるから全部追うのは大変すぎるな

緑川: デビューから、ほとんど順番に読めた

緑川: デビュー前になるのかな、最初の方は同人誌掲載分だったのかも

小野寺: 捜せば、雪の下やらなんやらいろいろ出てくるはずなんですが本棚のどこにあるのかわからない

annaendo: 緑川邸で古井合宿をするという手もある

緑川: 北九州まで来られますか?

6: 古井合宿って何かお化けでそう。

annaendo: 妄想ですw

緑川: 小野寺邸の方が揃っていそうな

小野寺: 杳子が部屋の真ん中にうずくまっている

6: ww

annaendo: こ・わ・い

緑川: まあ、でも、杳子は何もしない

緑川: かな・・・

緑川: どっちかというと、インテリ系のメンヘラ

緑川: むやみに周囲に当たり散らしたり、2ちゃんで書き込みするタイプには見えない

annaendo: 読書会、盛り上がりましたね、みなさんありがとうございます。

小野寺: いやあ、作品の力ですね

6: 結局、お茶をひたすら濁していただけですいませんでした・・・w

緑川: お疲れ様でした