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創作企画第3回「絵画から創作する」(後)

【第3回】(後)
日時:9月30日(日)19:00~21:30

場所:skypeチャット(通話なし)

参加者:Rain坊、イコぴょん、安部孝作

*前半の作品とログはこちら。本企画のルールも前ページに記載しています。


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イコぴょん: こんばんは。

Rain坊: こんばんは

KOUSAKU Abe: こんばんっはー

 

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コロー「モルトフォンテーヌの思い出」
コロー「モルトフォンテーヌの思い出」

Rain坊のお題:コロー「モルトフォンテーヌの想い出」

 

イコぴょん:

 このたびわたしは、ある知り合いの学者から、わたしの専門ではないんだけれど、という前置きのもとに、その湖の成り立ちを聞くことができた。湖は何千年も前に、火山の爆発によって出来上がった。はじめは小さな水たまりだったのが、じっくりと時間をかけて山間を移動しながら図体を広げていき、今は現在の質量で現在の場所に、とどまっているのだそうだ。

 この旅する湖畔に住んで分かったことがある。人は湖のそばに家を作るが、決して湖で泳ごうとはしない。湖に張り出した巨木の枝枝、その太い幹に触れようとしない。子どもたちは巨木のそばの、水場から少し離れたところにひょろりと生えた木を揺らして遊ぶ。その木はまるで、湖の恩恵を少しも受けていないかのような痩せた木で、そこに立っているのが不自然なくらいだが、子どもたちにとってはかえって親しみを感じさせるのかもしれなかった。

 わたしもまた、屋敷の窓から見える湖を眺めやって、その湖面の平坦さや、夕日に照らされてちりちりとかがやくすがたに見惚れるだけで、湖に入って遊びたいとまでは思わない。

 歩いてきた歴史の重みが、湖を近寄りがたいものにしているのかもしれなかった。積み重ねられてきた歴史とはそういうものだろう、どれだけ眺めることができても、そこに自らを飛びこませることはできない。

 多くの人々の生き死にを、干渉もなく、感傷にも浸らず、ただかたわらで眺めつつ、旅を続ける湖畔は、ただしずかな顔をして、夕日に自らを照らしているのだ。

 

Rain坊:

「んっー」痩せこけて葉も少ない木にあるこれまた少ない木の実を取ろうと手を伸ばす。自分の背丈にわずかに届かないところに木の実はあった。「もう取れない」そう言って僕は木の実を取ることを諦める。「お兄ちゃん駄目だよ、お手伝いは最後までしないと」妹が口うるさく僕に言ってくる。「うっるさいなぁ。ねえ、母さん」妹の話を無視して、木の実を取り続けている母さんに問いかける。「ねえ、何でこの木でしか木の実取らないの? こんなひょろっひょろな木の実も少ない木よりも、すぐ隣にあるあのでっかくて一杯木の実もなってるのからとろうよ」葉も実も多くて見栄えもよく、一本の森という風体の木がある。当然そちらのほうがはるかに多くの木の実があってなにより子供の僕でも取りやすい位置に木の実がある。はるかにこっちのほうが効率的だ。「そっちにいってはだめよ、かわいいぼうや。そっちは私たちが触れてはいけないの。本当なら近付くのも駄目なんだけど、でもそうしないと私たちが食べる分の木の実が取れないからね。しょうがないのよ」母さんはそう言って、木の実を取り続けている。母さんは僕が子供だからはぐらかしたんだと思った。だけど気付かなかった、母さんは一度もその木を、雄々しいまでの一本の木を見ていないことに。背を向けて必死に木の実を取り続けていることに、僕は気付けなかった。

 

KOUSAKU Abe: 途中ですが。

 初夏の天気はいつもあいまいだ。晴れていても、遠く見通せない暗さを持っている。それは、子どもの顔に見る、先祖たちの面影のようなもので、華々しき舞台の時間を前にした、役者の眼差しでもある。若さというものは、こうした眼差しを鏡を通して知る事になる。田舎貴族の子どもたちの家庭教師を任されて、郊外よりひとり汽車に乗り込んだ彼女もかくいう眼差しを持っている。手鏡で小まめに自分の髪型や化粧を確認する、帽子はずれていないかを確認する。確認する時のすこし怯えすら感じさせる気弱な眼が、納得とも諦念ともつかない感情とともに薄く閉じられた時、抱きしめたくなるような愛らしさを醸し出す。彼女はすこし焦点をずらして――唇を僅かに開き、頬を軽く力ませて――鏡の遠くを――自分の瞳の中を――覗いている。そして、そうしたうつろに水が張っている。

 田舎貴族の屋敷は大規模な庭園を管理していたが、その東のはずれでは、森閑とした湖が涼しげに日の光を反射している。ここの湖は、いつからか太古の英雄が剣をすすいだという話が伝えられており、実際年に数度、湖が丹の色に染まる事がある。今、彼女が、若干のはしゃぎと自負心に揺られながら、精いっぱいの誠意をこめて子どもたちの手を握り、木漏れ日の注がれた林を抜けてほとりへとやって来た。湖の涼やかで、澄んだ水の臭いを孕んだ風に触れると、彼女はほっと胸を撫で下ろし、子どもたちも一気に駆け始めた。彼女は水際であることから起こり得る危険には注意を払いつつ、すこしの解放感に浸り、あの湖際に聳える奇妙な形をした楡の木へと足を運ぶ。彼女はもうここへきて二週間になるが、初めは邸の主人と置く様をはじめとして、数人の従者と会話を繰り返し互いを理解していくことに専念した。子どもたちの無垢さ――むろんこの無垢さは、まだ恋にも恥じらいを感じるほどの彼女だから感じ取る事が出来るものであるが――に触れ合い、彼らを理解するのに対して、大人たちを理解したり、彼らと社交をする方が彼女にははるかに大変であったのだ。

 

 

【Rain坊の作品について】

イコぴょん: Rain坊さんのは、すごく目線が分かりやすくて、配慮のきいた作品だと思った。

KOUSAKU Abe: そうですね。Rain坊色というか、非常に読者に伝わりやすい、展開があったと思います。少なくともこれだけの短さでも、きちんと物語が進んでいる。

イコぴょん: そうですね、しかも、すごく丁寧な感覚を受けましたよ。いつもどこかオチを求めているというか、性急に語っていく印象があったんですが、これは予感にとどまっているし、たいへんスムーズに読めました。

KOUSAKU Abe: うん、確かに。急ぎがなくて、ちゃんと書かれている。

KOUSAKU Abe: 子どもたちの様子とか、母子のやり取りとか、ある種典型化されながらも、自然な感じがして、すごく童話的な趣を感じます。

イコぴょん: 童話的、というのは、そうですね。子どもが視点人物に据えられているから、というのもあるけれど、Rain坊さんの作品は、若いな、と思います。

KOUSAKU Abe: そう。しかも、その若さは、なんというか中性的と言うか乙女的なロマンを具えています。

イコぴょん: 乙女的、うん。分かる気がする。この作品の場合は、その若さが、童話的な趣、というように機能していて、他の作品の場合は、青春小説的なものを感じさせる。

KOUSAKU Abe: 今回の作品と他の作品が違うのは、やはりこの絵の雰囲気やディテールをきちんと掴んでいるからでしょうね。

イコぴょん: ああ、絵をつかんでいる。それは本当にそう思いました。(Rain坊さんの作品は)あまり男男してないんだよな。小難しい言葉を一切使わないし。

Rain坊: 小難しい言葉を知らない、ただの無知という可能性も

イコぴょん: いやぁ、読者ライクで、いいじゃないですかw

KOUSAKU Abe: そうですね。素直、そう、やはり良い意味で素直で、乙女的なセンチメンタリズムをスパイスとして利かせていますね、素直さが、そのセンチメンタリズムを呼び起こすとも思いますけれど。乙女の赤裸々な告白、と、未分化なこどもの独白は、どこか通じているかもしれない。

イコぴょん: その素直さは、肩の力が抜けているような、気取らない文章にも通じているなあ

KOUSAKU Abe: うん。青春系になると、洒脱として効果をもたらす感じですね。

イコぴょん: そうですね。

KOUSAKU Abe:

『そっちにいってはだめよ、かわいいぼうや。そっちは私たちが触れてはいけないの。本当なら近付くのも駄目なんだけど、でもそうしないと私たちが食べる分の木の実が取れないからね。しょうがないのよ』ここの台詞が、なんというか特に童話的でいいですね。

イコぴょん: 意味深なセリフが、多少劇的に投げ出されるというか。新見南吉の、「手ぶくろを買いに」のお母さんに似ている。

KOUSAKU Abe: なるほど、確かに。

イコぴょん: Rain坊さんに、童話的なものへの意識はあったのかどうか

Rain坊: ないわけではなかったですね。

イコぴょん: ふむふむ、そういう意識があって、選ばれた言葉、ということですね。

KOUSAKU Abe: なるほど、うまくいってますね。

Rain坊: このときの台詞はあんまり現実じみて欲しくなかったんですよ

KOUSAKU Abe: うん。確かに。狙い通りだと思います。

イコぴょん: 自分も、うまく機能していると思いました。

 

【イコの作品について】

Rain坊: 最初の一文を見て、ああ小説の始まり方だぁと思いました。

KOUSAKU Abe: イコさんの作品は、湖のある土地に接近していく感じがして、主人公の内言から、描写と、解釈、知識が添えられていく、まさに小説だと思いました。歴史から始まるのが、社会のそばにある湖で、自然のままとは違う湖で、この湖は人と関係を長くもってきた=土地と人っていうテーマを感じさてくれました。

Rain坊: ああ確かにそんな感じはありましたね

イコぴょん: いつも書かないような感じで書いてみました……

KOUSAKU Abe: なるほど。確かに、何時もとは違う感じがするといったら、より客体を取り扱うように内言が行われている感じがします。

イコぴょん: そうですね、この「わたし」というのがそもそも、自分のなかにはまったくない人物なので。(まったくないってことはないか。違う抽斗を開けている感じかな)

KOUSAKU Abe:

『このたびわたしは、ある知り合いの学者から、わたしの専門ではないんだけれど、という前置きのもとに、その湖の成り立ちを聞くことができた。』しかもそれでいて、ここの、専門家からは聞いてはいないというところが、市井に生きる人が書いている、ということも感じさせてくれます。

Rain坊: どこか土地を眺めているというか観察しているようです

KOUSAKU Abe:

『多くの人々の生き死にを、干渉もなく、感傷にも浸らず、ただかたわらで眺めつつ、旅を続ける湖畔は、ただしずかな顔をして、夕日に自らを照らしているのだ。』

 そうですそうです、rain坊さんの言うとおり、観察していて、それはこの主人公が歴史とか旅に想いを寄せているのが、どうじにこの主人公の旅人的な性格を与えてくれると思います。旅人こそそうして観察をしたり(しかも距離を持ちつつ)、知識を聞いてみたりするものです。

KOUSAKU Abe: 湖の廻りの街には、そこまで生活感を感じさせる描写はなく、丁度昼間散歩がてらに見聞きしたものを書きとめた感じがします。

Rain坊: 自分のが内ならイコぴょんさんのは外ですね

イコぴょん: これをもっと膨らませていくなら、湖畔に住む人々の生活のすがたをもっと丹念にスケッチしていくと思います。

KOUSAKU Abe: ですね。そうすると、それとともに語り手の性格が変容して、さらなる物語を予感させます。今のは、何と言うか、この前後に他の街にも訪れたって感じがします。

KOUSAKU Abe: 紀行文的な趣をもった小説。それはそれで好きですけれどね。

イコぴょん: そういうものも書いて行きたいなあと思っています。

OUSAKU Abe: 語り手が一人称を用いながらも、その様な違いがあると、確かに思います。 >rain坊さん

また楽しみにしています。 >イコさん

 

【安部の作品について】

イコぴょん: ちょっと冒頭、家庭教師の目がどういうものか、とらえにくいところがあったのですが、小説の始まりとしては、とてもいい雰囲気であるように思いました。

Rain坊: あの絵の状態になるまでのことを書いている印象。

イコぴょん: バルザックのなにがしかを思い出しました。

KOUSAKU Abe: なるほど、確かにバルザックではないですが、フォンターネを最近ずっと読んでたので、そういう影響があるかもしれません。二人は似通ってるところありますね。写実的で。

イコぴょん: あ、写実的な感じは受けますね。この、対象との距離の取り方っていうんですか、これは本当に、安部さんはブレない。きちんと距離を取る、外から書いているのだということがきちんと分かる。

Rain坊: 湖にもきちんと肉付けされているのが印象的です。描写などではなく言い伝えとかで湖を紹介しているのはうまいなと思いました。

イコぴょん: 言い伝えは、6さんの小説を読んでいてもありますが、こういう紹介の仕方は、小説を重層的にしますね、見習いたいです。

Rain坊: たしかにこれも外部からの感じですよね。でも人同士となると距離をとっていないのでいい感じで差があるのではないかなと。

イコぴょん: 書いてる人間、いったい何歳だよって問いたくなるような、達観です。安部さんは四十、五十の語り手を、装ってるんじゃないかという。

KOUSAKU Abe: 確かに、そうした壮年の熟成と熱の共生した語り手を装っています。

イコぴょん: やはりw

KOUSAKU Abe: お見通しだったようですねw なんでしょうか、この絵からもそうした眼差しを感じたんですよね

Rain坊: お父さん的な視点?

イコぴょん: 若い書き手が壮年を装った感じってことじゃないですか?>Rain坊さん

Rain坊: あーそうでしたか

KOUSAKU Abe: そうですw

イコぴょん: あとこの小説、一切カタカナ使われてないのは、何か意図が? 固有名も、一切ないですね。

イコぴょん: よく見返したら、みんなないわ、カタカナ。

KOUSAKU Abe: カタカナと固有名詞をさけたのは、カタカナや固有名詞のもつ具体性を避けたかったのはあります。

イコぴょん: wなるほど。自分は無意識で、その土地である必然性が、と言われることを避けていたんだろうかw>カタカナや固有名を使わない。

KOUSAKU Abe: そうかもしれませんね。絵の雰囲気が無意識にそう働きかける気もしますw >イコさん

 

【その他】

イコぴょん: みんなけっこうな量を書いたな

KOUSAKU Abe: ですね。凄い。連日の文芸への触れ合いが、筋肉を鍛えたんでしょうかね。

イコぴょん: ちょっと筋力ついてきてますね

KOUSAKU Abe: ええ。これは良い傾向!

イコぴょん: Rain坊さんと主題が近い……かも

KOUSAKU Abe: そうですね、お二人の作品から近いものを感じます。

Rain坊: それにしてもお二人とも湖のことも書かれているんですね。二人の見るまで奥にあるのが湖だって気付きもしませんでしたw

イコぴょん: えっw Rain坊さんの作品も、奥に湖を感じているんだと思っていたww

Rain坊: それがまったくw

KOUSAKU Abe: 僕も感じてると思ってましたww まあ、でも確かに奥行きと平板さが、この霞んだ風景には共存してますね。

イコぴょん: たしかに。

KOUSAKU Abe: 僕は自分の作品、その冒頭でこれを述べたかったのですが(眼差しや感情とともに)、その一つに狙いを定めて書くことも出来ると思います。それこそ、平板さによって湖を感じない、奥行きによって湖を意識して、と言うように。

イコぴょん: あー、なるほど。それが冒頭にあらわれようとしていたのか。あいまいさ、この絵からは感じますしね。

KOUSAKU Abe: なおかつ、思春期青年期が感じる、未来への伸びやかな奥行きと、親や過去からの鑑賞に対する力んだ強張り、そして不安によってやわらかだったり、硬かったりする感情というもの。これがこどもを見つめることで、さらに面影と未分化で完成へと近づく未熟な顔に抱く感情を感じました。すごく憩う雰囲気がありながら、どこか緊張があり、クリアに晴れていない曖昧さ。この絵において、子どもを見つめる女が、女(=一般に子供にたいして義務感を感じやすいし、感じさせられてしまう女が、自覚していく過程。なおかつみずうみというのが女性のメタファーにもなっているかと)

 

 

ジョゼフ・ベイル「少年料理人」
ジョゼフ・ベイル「少年料理人」

KOUSAKU Abeのお題: ジョゼフ・ベイル「少年料理人」

 

KOUSAKU Abe: どうでしょう。この間のムンクの思春期とは対比的で、書く上でも楽しいと思います。では書きますか?

イコぴょん: 大きいのが見たくて探していたw あの左にある、黒っぽいものなんだろう。

KOUSAKU Abe: なるほどww なんでしょうね、ちょっと待ってください。

KOUSAKU Abe: 猫です

イコぴょん: 猫! 了解ですw 予想外で楽しいww

KOUSAKU Abe: 猫が二匹、寝そべって頭を並べてます。

 

 

 

Rain坊:

「これ以上どうしろってんだ!」鍋やおたまや包丁、厨房にあったものを床下にぶちまけた。金属のかなりあう音が不覚にも綺麗だと思い、そう思った自分にまた腹がたった。ばらまけた料理道具を避けて歩き椅子の上にどかりと座る。地べたに落ちてしまった料理道具をぼおっと眺める。時には掴んで弄り、また落とす。違う道具を選んでは弄り、落とす。そしてまたぼおっとする。ひと通りの道具をさわり終えてしまいやることがなくなった。今まで目も向けたくなかった怒りの元である、机の上に置いてある大きな鍋に目を向ける。なかには鍋一杯のジャガイモが入っている。しかもどれも皮だけ綺麗に取られているものばかりだ。その中の一つをむんずと手に取る。それは自分の中でよくできた下ごしらえだ、そう思っていたものだった。これなら師匠も満足のいく出来だと自信があった。だけれど実際は違った。見せた瞬間師匠は、「やりなおし」とだけ言って鍋を突き返してきた。だけれど納得のできない僕は師匠に食って掛かった。一体どこが悪いんだ、あなたの言う通りにできているはずだ、おかしいじゃないか、せめてなにが悪いか理由を言ってくれそうじゃないと――、 「それ以上なにか言うなら店をやめろ」この一言だけで次の言葉が出なくなってしまった。

 僕は手に掴んだジャガイモを眺めた。未だにどこが悪いのか分からない。ふとジャガイモから視線を逸らすと二匹の猫がこちらを見ていた。猫たちは人間の視線に気づいたからか、散らかっている料理道具を器用に避けながら歩いていく。一度だけこちらを振り向いたが後はそのまま厨房を出て行ってしまった。それが僕にはどうしようもなく悔しかった。

 

KOUSAKU Abe:

 ああ、あいつは随分な糞ガキだったさ。先の冬、寒さに凍えて強張った表情をして、憐れみを誘うような幼い瞳をこっちにむけるもんでよ、俺だって人間だ、誇りある男だ。ほら、この手を見ろ、散々に働いて、皮は立派に熱くなってる。ガキ一人、住み込みで雇うことくらいどうってことない、これは間違いないし、今だってあいつがどうしてもっていうならまた家に入れてやってもいいよ。しかも料理もどこで覚えたか、そつなくこなすし、これが割といける。これはムカつくんだが、客からはあいつが来てから飯がうまくなったなんて言われてな、ほくそ笑むからあいつの頭をこづいてやったんだ。客にはその日もう酒は出さなかったがな。だが、初めは確かに、これと言って問題があったわけでもなかったな、そういえば。あいつも割とまともな奴だったし、きちんと働いていた。だが、丁度一月前かな、テーブルに酒を持って行かせた時だった、俺はカウンターの方で常連とすこし雑談をしたり酒を出したりしていたから、すこし眼を離していたんだが、突然「コノヤロォ」って怒声が飛んできて、「なんだ」って思ってそっちを見た時にはジョッキや瓶が立て続けに砕け散る音さ。血の気が引くのが判るくらいだった、ああ、それくら驚いたんだ。なんだって、いや怖くはなかった、恐怖なんてないさ。そんな弱音を吐くような男じゃないよ俺はね。だが、まあ、客の中にはそんな優男も多くて、呆然と観客に徹していて――どうせなら盛り上がるくらいじゃないと、店がぶち壊しなんでね――。だから、そう、あいつは喧嘩をおっぱじめて、何があったかは知らないが、どうやら前世話になっていた宿の主人だったらしい。なにか悪行でも働いたのか……それで小言の一つでもあてこすられたのかもしれない。そんなに激しやすい性格ではないが、よく考えたら、あの後殴られてのびちまったあいつを抱きかかえた時、酒臭かった気もする。知らないうちに酔いしれいたのかもな。酒のヘリが早かったのも通りときたもんだ。それにしても、まさか死んじまっていたとはね。ひと月もたつと、なにがしかあるもんだな。

 

 コノヤロォ! なにまた仕事さぼって、飲んでやがるんだ、ってね、怒鳴ってやりましたよ。料理は一切任せていたので食材倉庫もそのままあいつに任せていたんでさあ、中でなにしているかはめったにのぞきにゃいきませんで、まさかああしてサボってるとはね、思いませんでした。ですけれどね、ちっとも酒も料理もでてこないとなっちゃ、いくらいい加減なわたしでも変だとはあ、思います。そんで、観に行くと、確かに真面目さを感じさせる、磨かれた鍋やら、転がってまして、普段はいい奴だったんでしょうね。だが、すこし暇があったからと言って、そうした仕事の成果を誇らしげに、ワインを片手にしてたらあ、腹も煮えるもんですぜ。しかもそのワインと来たら、わたしがずっとちびちび仕事の疲れを忘れるためだったり、寝つけのためだったり――ええ、わたしだって悩みますよ、恋多い男ですもんでね。これでも色男で通ってるんでさあ、これまで何人女をぶいぶい言わせたか――ああ、すみません、話がそれました。それで、しかも、倉庫に野良猫まで入れて、勝手に飼っていたらしいんですよね。ええ、清潔感もありましたし、おとなしく並んで寝そべってはいました、聞いてみると残飯をやってるだけだっていってましたし、まあ、鼠対策にもなるでしょうがねえ、さすがにでも、畜生を入れる事にはさんせいできませんなあ、やはりね。で、まあ、そうして、そういうサボりが目立つようになり、しょっちゅう怒鳴っていたから、こっちも喉が枯れるやら。そしたらあいつ、そのふてぶてしくも恰好をつけた、こんな座り方したまま、このわたしに「喉が渇いたなら、どうだい一杯」なんてね、ぬかすんですよ。寝言は寝て言え、ってもうわたしも我慢の限界、そのまま殴るは蹴るで、叩きだしてやったんです。ですが、まあ根がいい奴ですからね、そこまで恨みに思ったりはしませんでしたよ。決して殺したいなどとは、ええ、全く思いませんでした。

 

イコぴょん:

「初めて酒を飲んだのはいつだい?」

 わたしがたずねると少年はうすわらいを浮かべて、

「そんなの知らねえよ」

 と答え、げっぷを吐いた。それきり少年に何を聞いても、げっぷや酒臭い息、あくびでごまかされるだけだった。わたしは少年の所作に、訓練されたタイミングのよさを見つけた。

 少年の座っているトラットリアの裏側は、道行く人の迷い込むことができないデッドスペースで、小説家であるわたしが店長の知り合いでなければ、決して足を踏み入れることのできる場所ではなかった。少年はその日の仕事をすっかり終えて一服していた。鍋も、おたまも、ぴかぴかに磨きあげられていて、店の窓からもれる明かりに、白くひかっていた。鍋にもたれる少年もいっしょにひかる。イスに深く腰掛けて今にもくずれそうに足を投げ出したすがたが、舞台でスポットライトにあてられた人のように、目に映って来るのだった。少年の服は乱れていた。上着のボタンは外れ、ソースのシミや野菜のクズを布地にしみこませ、こびりつかせていた。腰に巻きつけたエプロンもよごれて、少年のからだに重たくまとわりついている。

 少年がコップ酒をあおった。そうしてふと、煙草を吸っているわたしを見た。長いまつげの下の暗い目の奥が、ちらっとするどくかがやく。わたしはさっと目をそらした。

 もう一度、横目に少年を見ようとすると、少年がくちびるの端をこれほどもちあがるのかと思うくらいにつりあげて、「おい」と言った。

「おっさん、おれを見て楽しいか」

「あぁ?」

「おれを見るのが、そんなに楽しいか」

 声の高さだけは子供だった。しかしそれは明らかに、酒にきちんと酔うことのできる者の声だった。

「そういうお前はどうなんだよ」

 わたしは何も言えなかった。

 少年はたしかに、一日の仕事を終えて、ここにいるのだった。

 

 

【安部の作品について】

イコぴょん: 安部さんすげぇ、長い

Rain坊: ですねw

KOUSAKU Abe: 会話調なのでなんか長くなりましたww

Rain坊: 安部さんのは事情聴取ですよね。あの絵からこう発展するとは思ってなかった。いい意味で裏切られた感があります

KOUSAKU Abe: なんか、こいつ殺されちまったのか、って思ってこの絵を見ると、妙な面白みがあって、ついこうしてしまいました。

イコぴょん: 安部さんの、前段と後段で、話者がかわりますよね

KOUSAKU Abe: そうです。分かれます。

イコぴょん: 安部さんの作品。前段は、住みこみで働かせていた店の主人の言、後段は、前の雇い主(宿の主人?)の言か、しかし客として店を訪れていたようなのに、ワインのくだりもあって、ん?どういう関係なのかと混乱しました。あるいは芥川の藪の中のような混乱を狙っているのか?

KOUSAKU Abe: そうですね、これは完全に意図的に、あまり人の顔を出さずに、関係が錯綜とするように狙いました。

イコぴょん: なるほど、わざとズラシていったわけですね。

Rain坊: すごいな

イコぴょん: しかしこれだけだと、意図にハマって楽しむというよりは、混乱が勝るので、もう少し紙幅が欲しかった!この後が楽しみですね。

KOUSAKU Abe: なるほど、確かにその通りです。また書きたいです。

イコぴょん: これで6,70枚は軽く書けるんじゃないかっていう。とにかく肩に力が入ってなくて、めちゃくちゃ入り込みやすいので、すごいものになる気がしますよ。

KOUSAKU Abe: ありがとうございます。ほんと、書いてみます。

 

【イコの作品について】

KOUSAKU Abe: イコさんの、絵から感じられる少年の雰囲気がじわじわでて面白いですねww

『「おっさん、おれを見て楽しいか」

「あぁ?」

「おれを見るのが、そんなに楽しいか」』

ここすごい気に入りましたww

イコぴょん: ありがとうございます

KOUSAKU Abe: イコさんは少年の不良な感じが出ている。イコさんのは、本物の不良少年と、ビターな大人の作家がこうして向き合うのは面白いですね。少年も無視はできない、こいつはただもんじゃねえな、っていう嗅覚は働いていて、舐めた口を聞いたりしてみる。戯れと言うか興に乗って。でもそれを冷静な小説家の眼で、しかし同時に妙な関心に導かれて、つい少年と向き合ってしまうという関係が面白かったです。心理、状況、ともに掴みやすい描写で上手かったと思います。

 

【Rain坊の作品について】

KOUSAKU Abe: rain坊さんは投げやりな感じが出ていますね。投げやりというか、ふてくされた感じ。根っから不良というか、むしろふてくされたり拒絶された傷つきからふてぶてしくなるパターンの少年が描かれていて、料理に真剣に向き合いながらも、なかなか認めてもらえない、しかしだからと言って策もない追い詰められた少年の多感な気持ちがよく描かれていると思います。これはrain坊さんの作品によくみられる優しさに根差しているような気もします。言う通りやってもうまくいかない、追い詰められた気持ちは、なんだか同世代的な悩みにも思えます。

イコぴょん: Rain坊さんの作品、どんどんよくなってる気がする。分かりやすいのは変わらなくて、とにかく丁寧になってる。

KOUSAKU Abe: ええ、短いながら、急ぎ過ぎない、息切れのない作品が書けるようになっていると思います。筋力ついてきてる、確実に!

Rain坊: ありがとうざいます。本人的にはそういう実感がないのでそう言ってもらえると助かります

イコぴょん: ずっと練習してる効果まじであるんじゃないか……

Rain坊: よーしいずれはボディビルダーみたいな筋力を!

イコぴょん: 見せるだけじゃなくて使える筋力でお願いしますねww

Rain坊: 了解ですw

KOUSAKU Abe: ですねww肉体の反射をよくしていきましょうw

 

【その他】

イコぴょん: 今回は、分かりやすい言葉、不必要に凝らない言葉、あと「小説」の力について考えながら書いてみた。ちょっと手ごたえが得られた気がする。

KOUSAKU Abe: ええ、僕も手ごたえを感じました。特にいまさっきイコさんに勧められてように、あれの続き書きたいですし。

OUSAKU Abe: 収穫ありました!ありがとうございます。この企画好きです。

イコぴょん: 二つ目の、ほんと好きですよ。書いてほしい。

KOUSAKU Abe: ありがとうございます。また書いて、twibunか、あわよくば公募に出そうと思います。