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雷の内部:る

 だんだんか細くなってゆく未来も口で咥えてカスタネットの軽快なリズムで踊ってしまえば何もかも許されてしまうような夜に不意に訪れた不思議な瞬間は真っ昼間の草原に咲くたんぽぽみたいで私は永遠です、と言ってはみたものの狂ったように笑う女たちからしてみればそれはそれで狂っているってことになって、未来も電池切れのレーザーポインタが地球に寄り添いながら力尽きるみたいに、白けちゃったからソファーに横になってエレキギターと電子バイオリンが踊り狂う全ての人のどうしようもない心の隙間を埋め尽くそうとしているのを仙人みたいに見ていた。競馬で大勝ちした日ってのは夜の街を通り過ぎる女たちの頭上に値段がポコン、と浮かび上がってるのが見えて、そいつとオネンネするにはいくら払えばことたりるかってのが瞬間的に分かっちゃったりするわけで、ちなみに脚がきれいなお姉さんってのはやっぱ相場が高いわけだ。とはいえ、借金取りがガチで怖いからコンビニのATMでアコムやらアイフルやらのカードを財布から取り出して十万単位で爆撃する、したら途絶えていた未来がぽつぽつと降り始めて掌を差し出すと冷たいけど皮膚を優しく愛撫するようにいつのまにか馴染んでいく。私が蹴りだした足の行方がたとえ真っ暗闇の路地裏で袋小路にぶち当たってもそれはそれでハッピースカイ、全ての人に平等に与えられた死をその時は喜んでフェラチオしようじゃないか。

 私が世界で最も愛していた曾祖母が病院のベッドで死ぬ前の人間がみんなそうであるように顔をパンパンにさせながらチューブを体中に巻きつけられている時、天井から黒い鉄の棒がゆっくりと下りてきて彼女の口の中に突き刺さろうとしていたのを見てから、死ぬってのはあの棒がゆっくりと口の中に突き刺さっていくものなんだなって知った。彼女に意識はなかったけど懸命にその黒い鉄の棒を吐き出そうとしている姿がどうにも惨めったらしくてさっさと病室を後にしたその時に体に纏わりついた慣性の法則が安アパートの一室を缶ビールの空き缶とタバコの吸殻で埋め尽くしている。

 腐敗、ってのはオデュッセイアに出てくる求婚者に似ていて貞操たるペーネロペイアは私の脳みそのどこかの神殿で寝そべっていて、夫たるオデュッセウスを待ちながら一方ではそのどうしようもない腐敗に身を任せてしまってしまいたいという願望を抱き続けている。そんな一人三役を演じながら今日という日だってチューニングはフラットのまま、かなしい予感と幸せな瞬間を煮込んだ何となくマジカルなシチューを啜りながらオレンジのミニスカートに包まれたウェイトレスの奇跡的なお尻の揺れ方の法則について頬杖をつきながらいつまでも思いを巡らしているこの夜の始まりのウェットな時間。お尻ぺろぺろしたい。

 私は生活のことを語らないのではなく、生活というものがないので語る術が無いってだけで、分かっているのはまだフェラチオの時間には早すぎるってことで、今はただだんだん暗くなっていく夜の空とディープなキッスを楽しみたいってこと。

 脳みその機能のうちで一番重大なのは五感に伝達される膨大な情報の中から何が現実なのかを選択することに尽きるわけで、その様子は溢れかえる情報の中から確かなものを積み上げて一つの頂点を形作る、という意味において、私たちはとんがりコーンの先端部分で不自由なダンスをいつまでも踊り続けてゆく、ということに他ならず、ケミカルな作用で脳みその機能を揺さぶっても私たちはどこまでも現実のありかを知ってしまっているし、そうでなければ狂人だということ。私は両足で地面を踏みしめる、歩き出す、こける、立ち上がる。多分頭に詰めこまれたものが少しだけ重過ぎる、そういうリアル。

 街のネオンに夜が馴染んできた頃、空は突如亀裂を生じてその内部が鮮やかに光った。遠雷はもったいぶった末にその音の轟きを差し出した。素敵なプレゼントをありがとう、その亀裂はピスタチオの殻のそれのように思わせ振りな様子で視線を吸い込んでゆく、雷の内部へ、何かしら神聖なものとして差し出されたものへと、それを娼婦のクリトリスと同等のものとして舐るものたちをノーマルと呼んで丸く収まっている世界で、ピスタチオの殻を丁寧に剥ぎ取って中身を上品に召し上がる流儀で破綻無く進行していくあの素晴らしい世界に降り続ける黒い鉄の棒はどこまでも優しく、雷の内部で、光になっていったものたちを光のまま摘み取ってゆくのだろうか。とんがりコーンの先端を並べて、ほら、あそこまでは自由に歩けるよ、というやり口で、手と手を携えながら感じる永遠。ディズニーランドの手口で全てを招き入れる真っ昼間のたんぽぽ野原は悲しいほどに不可侵。それは消え去ってゆくものたちに素敵なかたちでさよなら、と手を振れなかったものたちへの報いとしてどこまでも眩しく、差し出されたピスタチオに触れることすら出来ずに佇むものたちを外部としてあくまで外部のままその光で包み込んでしまう。

 ステータス欄にずらっと並んだ膨大な「私」と銘打たれた設定を延々とジョブチェンジし続けながら放浪する夜がかりそめの優しさを露呈してくれるのに任せて、私という設定は強い酒を呷り続ける。その傍に一人の女の子がいたっていい。パステルオレンジのワンピースに身を包んだ軽薄な女の子で、マクドナルドの流儀で顔に貼りついたスマイルが何か重大なことを隠していて、夜みたいに私という異物もからから笑いながら飲み干してくれる。そんな女の子が。

 そしてたくさんの夜を一緒に過ごす。もうほとんど見えなくなったか細い糸を互いに縫い合わすような会話を続けて、夜に縫い合わされた私はもう完全にほつれながら、そこで初めて許された言葉で数篇の詩を紡ぐことが許されるだろうか? 君はきっと優しく頷いてくれたり、言葉の意味を尋ねてくれたり、時には気紛れに涙を流してくれたりする。けど知っているだろうか、そのジョークみたいな涙でさえ驚くほど光に溢れていることを。そしてその涙を拭うには余りにも私の手は穢れていて。

 女の子を置き去りにして飛び出した右足が踏みしめるアスファルトを貫く朝の光が怪物的な言葉でもって私を問いただす、お前の名は? お前の意味は? お前の向かう先は? 私は「コケコッコー」と太陽にカモフラージュをかましながら、息も絶え絶えになって寝床に辿り着き、女の子の涙がその神聖さにおいて恐ろしいほど雷の内部と同じだということに驚愕し、もう一度それを思い描き、触れようとしては、それに触れることなど出来ないことに気付く。まるで指先と指先を合わせるとたちまちショートして焼け焦げになってしまう恐怖から神に祈ることが出来なくなってしまった最も信心深い修道女みたいに。私は穢れている。

 ある時分、とんがりコーンの先端から滑り落ちた私は、夢の世界の招待人ファンタジアーンと名乗る小太りの中年男と話をしていた。ファンタジアーンはよく汗をかく男だったのでいっそのことバスタオルを渡すと、「これは、これは、あなたは本当に心の綺麗なお方だ」と誰に言うでもなく呟き、私はあの夜彼女の涙を拭えなかった手を見つめていた。ファンタジアーンは実に合理的かつ嘲笑的な男であったので、私が例えば天国のことについて話すと、彼はすぐさま天国というのはいわば混浴の露天風呂みたいなものですな、と言った。その後、やつらはおまけに潔癖症でしかも羞恥心が無いときてる、あなたのほうがよっぽど人間的だし、こういったらなんですが「天国」というものに一番近いのも……と継ぎ足そうとしたが、混浴という言葉に興奮した私は、すぐさまかの男を玄関口から突き飛ばした、ファンタジアーンはあーんと言いながら玄関の扉にその体を抉られながら視界の中から消えてなくなった。

 その夜再び遠雷を見た、私はもう知っていた、私があの裂け目から生まれてきたことを、黒い鉄の棒はもう私の喉もとまで刺さっていた。部屋に戻って狂ったように泣き叫び、X-videosで大量のエロ動画を鑑賞し、もう幾分と黄ばんだ曾祖母の写真をある本の中から見つけた、栞にしていたのだった。それを幼い少年が憧れの女性の自転車のサドルを盗むときの慎ましさで取り出し、懐にしまった。そのままパチンコ店に行った、爆ヅキした。曾祖母の顔を指先で撫でた、精液を拭き忘れた手はカピカピになったあと、度重なった大当たりの熱量によって染み出た汗と混じりながらぬめっていた。すると、彼女の表情は白い液体でほんのりぼやけながら何かを許すように微笑んで見せた、なんていうことはもちろんなくて、けれど私はそれでよかった。

 「さよなら」って呟いて、いつまでも見つめていた。