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消費される愛、俗的な愛、神聖な愛ーーIn rhythmⅡ:光枝初郎

消費される愛、俗的な愛、神聖な愛ーーIn+ryhthmⅡ.pdf
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 君を愛している。もちろん、君を憎んでいる。

愛の溢れる愛の溢れない愛の溢れる愛は溢れない溢れない愛、愛。 愛の溢れる人などいない。やはり君は憎めない。

 

 究極の外部、〈語りかける〉外部、恋愛、俗。不意打ち、不意に、心ならず、落ちてしまうこと――恋。

 

 不可解な状況の噴出、文字通りの「不可解さ」つまり想像の範疇を超えた事態が次々と起こり、その渦の中に巻き込まれそうになること。理解がおいつかなくなって、やがて思考停止の欲望がバラ巻かれるのだが、とりあえず「観察」してみること。この世界に「まずは留まる」ために。カオスモーズ、社会。

 

 幸せ太り、幸せを追わないように求める、~モ富メル、肥える、肥満体、サイボーグ、プリン体、肯定、旨味。

 

 世界は狂った。さあ、今から飛び込むのだ!!

 

 おそらく「好き」は今にあって大切な人に言い続けなければならないのだ、というのも恋はなかなか愛に実らないから。愛、真の愛、それはいまだかつて実現された試しはなく、いや個々には偶然として為されてもいるのだが、私たちにはけっきょくのところ未だ到来せざるものとして、真の愛を私たちは本当に見ていないのである。くだらないほど囁かれてきた虚言の愛、安っぽい愛、それらが反転すること。

 

 てぃるてぃらてぃれ、まれびと、レーヴィット、言の葉の戯れ。言は知ではない。知から抜け出して噴出して終いには溢れ出るような言葉の数々が必要だ! リズム、リズムに合わせて歌を歌って血肉の隅々を貫通させ音の流れに沿って自己をまとめ上げてしまえ! ふ、ふ、ふゆ、ひ、ひらひる、ひれ、ひろいちきゅう――そら、あめ、おと、くも、にじ、ちり、つぶ、ゆき、かみ、てん、うえ、した、まち、まつ、ひと。二文字から三文字へ、三文字から四文字へ。ここには一つのシステムだって決まりだってない、あるのは自由という動きだけ。動くことが私たちを生存させる、動きだけが私たちを私自身から解放する。夢のような音楽、虹のようなリズムと光。

 

 言葉の重みというもの、発話する時の口唇の運動と風速と唾液、書く時のボールペンや鉛筆による印字。全き物質性。この私の手からすり抜けていくという形容がぴったりかもしれない。言葉よ! お前は何処にいるのだ――何処からともなく。深く昏い闇の中から、まるで世界が啓示を受けたかのように形〈かたち〉を伴った物質の粒々が発出され、そうあの重みをもって私たちの眼前に立ち現われるのだ。

 

流氷

 

 たといその二字だけでも私は南極の氷河、寒々しい氷の連なりと海の激しい流れを想像する、本物の気温さえ伴って。言葉の重み、手からすり抜ける、そのわずかな瞬間の、人差し指にかかる、確かさ――〈ソレは私を刺激する、私はソレに反応する……〉。

 

 愛、とか、神聖さ、クラリティ、とかなんだか言って、取り繕って、けど何にもならない、安っぽいレストランで出されるハンバーグ定食のお決まり程度に添えられた小さな野菜のように扱われては消去されていく。作る、捨てる、作る、捨てる、ひらすら繰り返す。疑似愛。つくられたあい。加工食品です、そちらのボディは一晩二万五千円になります如何でしょうか……。どんなものでも積み上げれば価値あるものになるなんて嘘。まっぴらの嘘。まるでやるせない、はしたない、それすらおもしろくない。愛、愛、今日も生産される愛、疑似愛、それに縋ることしかできない我々、無力、絶望、ニヒル、そしてすさまじき下劣。

 

 紫の鉛のかたまり。幾つもの小さな孔が空いている。そこからぬめったなにかが飛び出す、鈍色にてらされた蛇の鱗、しなやかな肢体、くねらせるそれは一つの完成されたおもちゃの動きのようで見惚れてしまった、遂に鉛のかたまりから完全に姿を引き剥がして現れるのは新しいメデューサ。狂気の、そして微笑のメデューサ。

 ねぇ何が悲しい、何が憎い? 我々の新しいメデューサはあたえられた空間を海のように自在に使い、その水面に浸ってゆらゆらと、ふわふわと浮いてはたゆたうのです。瞳孔なきメデューサ。あちらの、重たい世界の方では、すべての動きは黒い欲望の集積に根をもっている、そのことがメデューサには分かっている。メデューサは高度に磨き上げられた空虚な遊びのなかに戯れることもできるし、こうしてこっちの世界で憂いをおびて静かな水面上をたゆたうこともできる。

 新しい我々のメデューサは、あっちからこっちへ、人々の表情を奪ってはこちらに返す、我々はそれを武器にすることができる。メデューサよ! 貴方がいなければ我々は詩の一篇だって読めないし、スウィフトの小説だって一行たりとも正しく理解できなかった。

 メデューサの笑った顔はどこか哀しげだ。彼女が重たい世界で空虚な戯れから手を離すとき、幾つもの人の表情を奪ってこちらの世界に帰ってくるとき、彼女の表情は世界を二つ抱えているぶん哀しい。我々の新しいメデューサ。

 

 真実が無い! とたしょう大仰に騒ぎ立てる貴方の口許は官能的で好きだ。真実が無い! どれほど衝撃的なことだろうか。ひとつも真実が無い。全ては黒く塗りたてられたただの舞台道具で、本物の山も川も都市もネオンもディスコ・ルームも貿易ビルセンターも浮ついた恋人たちのサンタクロースもあったためしがないのだ。貴方の喜びも、憂いも、三度目の恋人から抜き取った性ない性欲も、絶望も、戯れでさえも。真実が無い! 或いはぽっかりと地盤を失くした空っぽだけが存在している! なんて心もとない、心寒い、まさに寒い、温度も光も湿度も無い。おお! これが本当の姿なのか。おお、これが本当の世界の在り方なのか! 真実が無い! これっぽっちだって、あの日貴方が丘の上で交わした大切な契でさえも、嘘だったというのか。

 

 貴方は私の事好き?――うん、とっても好きだ――嘘よ、今のは嘘。――なんでそんなこと。僕は本気で君の事好きだ。――例えばどんなところが?――たとえばって……。君のその大きな瞳。髪の毛。カールしたつやのよい髪の毛。唇。ほんのり紅い唇。そろったまつ毛。――他には?――しなやかな肢体。柔らかい乳房。すべすべしたお腹。暖かいあそこ。お尻。足の裏。それから、自由なところ。自由なのに、意志が強いところ。意志が強くて、なんでも自分で決められるところ。つまらない僕を、決めてくれたこと。感謝。愛。愛が溢れているところ。それと、ちょっと恋愛にだらしないところ。――それから?――まだたくさんあるけど、聞くかい?――ねぇ貴方、貴方は本当に私の事好きみたいね。――もちろんさ、ぞっこんさ。――方が愛すたびに、私も貴方の事を愛すわ。貴方が愛す以上に、私は貴方の事を愛しているわ。――最高の人だな。――私もあなたに見つけられたという気がするの。こんなに幸せなことって他になかったわ。ただ一つの小さいボートを漕いできて、貴方は私を見つけてくれたの。――僕もそんな気がしている。一人で漕ぐボートの中、君に呼び止められて、水に沈むこともなく、こうやってまだ現に航海しつづけている……。

 

 愛の配布―配分。俗的でだらしない愛を配布する、それは〈天使〉の行為、好意。「恋愛の掟百カ条」を網羅的に記述し配布せよ――くだらない愛が革命を起こすなどと誰が期待できようか。愛とは呼べない愛ならいつの時代にもあった。定義などと高尚なものからはうんと遠く離れた所ですでに世界の営みは行われていたのだ、これからもずっと。口にされる度に泡となって消えた、一つの願いは跡形もなく空になる。また誰かが愛を育む、くだらなくてしょっぱくて怠惰な……。そこにこそ神聖さが宿るのだ。これは逆説だ、転換だ、ずらしによる脱構築だ。何も、変わらない、ただ君の中だけでいつも大切なものと大切にしなければならないものが躍動し、生という義務を遂行しつづける、それは神聖なのだ。

 

 直線を描こうカーヴを描こう、一本の鉛筆を自由に走らせ黒い線は軌跡をのこす――鉛筆の先に光が宿る。氷上を舞う戦士。彼はステップを踏み、難しいステップを、そしてしなやかな螺旋を彼の身体を軸にして描いた――なんと美しいんだろう! 自由で美しい世界は丸と螺旋からできているのだ。螺旋、狂おしいほどしなやかでエロティックで私は心酔してしまう。円周率は世界の暗号だ。あぁ、あのアイススケーターはきっと恋をしている。

 

 She is LIE. Her existence is a fiction. Her eyes are blue and we dont know what she sees or wants to see. Her lies attract many people to be crazy and mess up them. Her non-existence doesnt have any ponts in which we usually lay down. Thus she lay in [ex]-istence. SHI-RA-I san.

 

 フロリダからアテネへ。アテネからメルボルンへ。メルボルンからサン=パウロへ。夜間飛行。サン=パウロから成田へ。東京から福岡へ。朝。コーヒー。街の佇まい。白い吐息。寝ている恋人の顔。睫毛。辞書を抱えた外国人。ペーパーバック。ジャック・デリダの『絵葉書Ⅰ』。出発と汽笛。光。

 

ゆめのなかをむすうのほしがかけまわっていた、流星群が在ったのだ、蜘蛛が天井の空に糸の網をはるように、星の輝きは列をなしてきらめいていた、夏の夜。幻影的。幻覚的。幻覚的夏、記憶、夢と空。何かを失った。失ったことを思い出す、本質的なことを。 みんな自分のことを忘れてしまっていた。 貴方は違う。自分の根をもっている、アメリカのフロリダからスペインのマドリードまで、強烈で残酷な旅を経験した、いくつもの地を歩いた、人々を見た、死を見た、星を見た、夜を超えた――神のことを祈った。祈りのとき、いつだって貴方は悲しい気持ちになった。なぜなら人類が救われることなどないからだ。人類は救われない、それでも生き延びることくらいはできるのだった。それが現代の出した最終的答えだ。だから僕と貴方は、世界をえがく詩人になった。それくらいのことをしようと、心に願って。 そのとき神は貴方に恋をした、神と僕と貴方との三角関係がはじまっていた。

 

 光がまだ生まれる前の瞬きのなかを視覚が捉えていた――無音。何本かの灰色の線が蜘蛛の糸のように走っている。視界が揺れる、さざ波のように……。画面の端のほうから、じわりと射すような温かみがゆっくり広がる。さざ波の一粒一粒を認識できるように、集中は高まり構成のひとつひとつを繊細に描写する。やがて包容力に彩られたブナの木の葉のような緑が囁くだろう――。ピクチュクピクチュク、そこに〈私〉は小鳥の啄みの音すら増して聞き取る。産まれる! 視界=画面が大きく揺れ、一気に橙色と赤の混じった生命の力のリズムが支配する。揺れは収まらない。ドク、ドク、一定の間隔を刻んでいるかの如くだ。やがて真ん中の方からこの目ではうまく捉えきれない瞬光が現れ、灰色の線は犯され、生命の色も消え、一つの光が視界の全てを支配する……。誕生したのだ。

 

 彼らは火のついたロウソクを持っている。太くて、十分に時間持ちもしそうな一本のロウソクに、火はゆらゆらと揺れている。紅い火だ。〈巡回する使徒〉の役目はなんだろうか。彼らは愛の囁きを呪文に変えているのだ。世界中の愛の囁きの言葉を、古きラテン語で書かれた書物を解き明かして秘教的な文言を作する……。〈巡回する使徒〉たちは教会の廻りをまわっている。何周も何周も、誰の呼びごとも命令もなく。教会の屋根は高く三角錐の形をしている。〈巡回する使徒〉たちは集中している。彼らの目の様態からでは心理状況を把握することはできない。白い袈裟、胸の前まで持ちあげられた金の盆。教会の周辺では、マルク村の豚小屋の豚全部が狼たちに食われて死んだ。また、リーヌ河の畔で姉妹が心中自殺をしていたという。世界がなぜ廻っているのか、そもそも本当に廻っているのか、一向に分からない。誰も分からない。しかし世界のはずれのこの教会において、愛の囁きを秘教の呪文に変えてつぶやかれる〈儀式〉だけは終わらない。〈儀式〉は続く。何しろ世界がはじまって以来それらは行われ続けているのだ。誰もこの教会を知らない。誰も〈巡回する使徒〉たちの存在を知らない。それで四十六億年も地球が続いているなんて、間違っても知られてはならないのだから。

 

 ここまできた。またここまできた。いつもだ。その繰り返しだ。悪い気はしない。いつも君が居た気がした。僕は多分君と一緒にいる運命なのだ、おそらく。悪い気はしない。何も解決していない。まだ何も始まっていない。でも準備は整った、やっとそう言えるんだ。僕は愛に賭ける。そこから始める。そこから全てをはじめる。徒労に終わったっていい。途中で死んだっていい。愛からしか始まらない。始まることができない。どれだけ馬鹿にされようと……君のことだけは傷つけない。ようやくはじめられるんだ。愛は終わりではない、はじまりの歌だ。何だってオッケーさ……。朝日が射すだろう。僕たちはコーヒーを飲むだろう。世界におはようと言うだろう。今度は世界がおはようと言い返すだろう。

 

                    (了)