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彩子な夢

○彩子の住むマンション外観・(夜)

   あんまり大きくないマンション。

   ところどころに明かりがついている。

 

○彩子のリビング・(夜)

   本や雑誌がたくさんあるリビング。

   机のパソコンに向かって渡久地彩子(二六歳)が台本を書いている。

   離れたところで、西口乃亜(二四歳)ファッション雑誌か何かを笑って読んでいる。

乃亜「あっ、ごめん」

彩子「ううん、気にしてないよ。乃亜ちゃんのそれには慣れてるから。こっちこそごめんね」

乃亜「いいですよ。渡久地先生の台本の完成を待つのが私の仕事ですから」

彩子「先生ってそんな」

乃亜「いや~、先生の台本のおかげでうちの劇団は大きくなってきたようなものですから~」

彩子「だから、先生なんて柄じゃないよ。それにみんなが頑張ってるから大きくなったんじゃん」

乃亜「いや~、台本あってのうちの劇団ですよ。台本が良くなきゃ、客も役者も今はいませんよ」

彩子「でも、それを具現化してる方が私はすごいと思うよ」

乃亜「全然、先生の方が」

彩子「だから、先生って呼ばないでよ、いつもの感じで呼んで、なんかそれだと書けるものも書けないから」

乃亜「いや、彩ちゃんはそんなに謙遜することないよ。彩ちゃんの零から一を作る能力は私は欲しいな」

彩子「そんなの書いてれば、力はつくよ」

乃亜「いや、でも、彩ちゃんにはかなわないよ」

彩子「私は誰かの作品の模倣を書いてるつもりだけどね」

乃亜「でも、その彩ちゃんが書く作品は、模倣のように見えないよ」

彩子「そんなことないよ。どっかで読んだことあるでしょ」

乃亜「うーん、そうなのかなー」

彩子「私の書いた作品は、そこの本棚の小説のどこかに埋もれてるよ」

   ぎっしりと本が敷き詰められた本棚。

乃亜「へー。いいんですか、私にそんなこと言っちゃって」

彩子「別にー。そんなに先生って称えてほしくないからさ」

乃亜「へー。私も書きたいなーなんていってみたりして」

彩子「書いてみれば?」

乃亜「昔、高校で書いたことあるんだけどね、それは散々に言われたの」

彩子「どんなの書いたの?」

乃亜「うーん、たしか、ロミオとジュリエットをベースにして、ロミオはか弱い男で、ジュリエットが男勝りな女なの」

彩子「へー、面白そうじゃん」

乃亜「バルコニーのシーンは逆なの」

彩子「あー、それは面白いじゃん。なんで散々言われたのかわからない」

乃亜「いやー、たぶん、ギャグが面白くなかったんだと思う」

彩子「そうなんだ」

乃亜「うん、そん時の同級生に、お前のはギャグで全部を台無しにさせてるって言ってたもん」

彩子「じゃあ、ストレートプレイにすればよかったじゃん」

乃亜「なんかそれじゃあそれで面白くないというか、私の書きたいことにならなかったんだよね」

彩子「でも、書いてたんなら、今でも書けるでしょ?そうやって、悪い部分直してさ」

乃亜「書けるかなー」

彩子「書けるよ。実際、私なんて、初めて書いたの乃亜ちゃんより遅いからね」

乃亜「まじで?」

彩子「うん、私は大学の文芸部で、映画同好会とコラボ企画で書いたのが初めて」

乃亜「へー。今日は珍しくおしゃべりですねー」

彩子「そうかな?」

乃亜「そうだよ」

彩子「だって、乃亜ちゃんが話しかけるからじゃない? わたしより乃亜ちゃんが書けば面白いんじゃない?」

乃亜「私は書きませんし、彩ちゃんみたいになれないよ」

彩子「うーん、私は、こんなでいいのかなーって思ってるけどね」

乃亜「どーゆーこと?」

彩子「私は社会人やりながらなのに、みんなはバイトしながら、夢に向かって頑張っててさ、悪い気がして」

乃亜「いいんだよ。作家さんは書くのが仕事。書いてくれれば、あとは何しててもいいの」

彩子「でも、私はみんなのためになれてるのかな? 稽古場も行かないしさ」

乃亜「いいじゃない? 彩ちゃんはたまに来るぐらいがちょうどいいよ。ちょっと来て、的確なダメ出して、そして、帰る。かっこいいよ」

彩子「そーかなー?」

乃亜「私もそう思うし、みんなも彩ちゃんの言葉には感心してるよ」

彩子「ならいいんだけどさ。でも、このまま大きくなったら、私、ついていけないかもよ」

乃亜「えー、それに見合ったお金払いますよ」

彩子「お金じゃなくてさ、なんてゆーの、やっぱり、私は安定した暮らしがしたいな」

乃亜「そー言わずに、なんとか」

   頭を下げる乃亜。

彩子「いや仮の話だからいいよ。そん時話そう、この話は」

乃亜「ですね、取らぬ狸のなんちゃらいいますもんね」

   ドアのチャイム音が鳴る。

乃亜「あいつが帰ってきたよ」

彩子「そんな彼氏にそんなこと言わないでよ」

乃亜「あいつはどーしよーもないやつですよ」

   チャイムの音が鳴る。

彩子「何で、出ていかないの?」

乃亜「いじめです」

彩子「意地悪ってゆーのそれは。私は今、いいところだから、乃亜ちゃん出て」

乃亜「それこそ、意地悪ですよー」

彩子「出て、お願い」

乃亜「はぁーい」

   乃亜、部屋を出る。

   パソコンに向かって台本を書き続ける彩子。

   部屋のドアが再び開く。

   末松俊(二三歳)と乃亜が言い合いして入ってくる。

末松「お前がほしいって言うから、この寒い中買いに行ったんだろ」

乃亜「乃亜は欲しいって言ったけど、あんた遅いのよ」

末松「しょうがないじゃん、コンビニ遠いんだから」

乃亜「走って買いに行きなさいよ、役者でしょ? 体力あるんでしょ?」

末松「いいじゃんかよ、歩いて買いに行ったって」

乃亜「それにしても遅い! 立ち読みとかしてたんじゃないの?」

末松「してねーよ、探すのに苦労したんだよ」

   二人の方を向く彩子。

彩子「はいはいはい、喧嘩なら外でして。私のうちでしないでよ、それとも台本上がるの遅くなっていいの?」

乃亜・末松「すいません」

彩子「わかればよろしい」

   画面のほうに顔を向ける彩子。

末松「聞いてくださいよ、彩子さん。こいつ紙パックのミルクティーじゃないと嫌だってわがまま言うんですよ」

彩子「いいじゃない、紙パックのミルクティー、美味しいじゃない」

末松「でも、あそこのコンビニに置いてあるのはダメとか、わがまま言うんですよ」

彩子「こだわりがあっていいじゃない」

末松「でも、わがままじゃないですか? ってか、来るときに買えばいいのに、さっき飲みたいって言い始めて」

乃亜「だって、飲みたくなったんだもん」

末松「だったら、あらかじめ買っておけよ」

乃亜「だって、来るときは、バイト明けで、忙しくてそんな気分じゃなかったんだんもん」

末松「だから、あらかじめ買っておけって話だよ」

彩子「うるさいよー。ここは、君たちの部屋じゃないよー」

乃亜・末松「すいません」

彩子「でも、なんだかんだ言って仲いいよね、何年目?」

末松「二年目です」

彩子「いいねー、若いねー」

乃亜「そんなこと言ってどーしたんですか?」

彩子「うーん?わかんない。なんか二人見てたら、若いなぁーって思って」

末松「彩子さんだって、俺達と二個違いじゃないですか」

彩子「もう、二〇代後半だよ。四捨五入したら三〇だよ。若くないよ」

乃亜「そーいえば、彩子さんって浮いた話聞かないですね」

末松「あーそうかも」

彩子「うーん? しないだけだよ。しても面白くないし」

乃亜「えー、隠してるんですか?もしかして、不倫とかしてたりして?」

彩子「そんなことはないよ。私は自分の話が嫌いなだけ」

乃亜「怪しい」

彩子「全然、私はやましい気持ちはない」

乃亜「ますます、怪しい。そーいえば、彩ちゃんが演出やめて脚本家一本になったのって、2年くらい前の話だよね」

末松「あー、違うよ、俺が入ったときだから、三年前だよ」

乃亜「そっか、そんときに就職するからって理由で、脚本だけになったんだっけ」

末松「そうだね」

彩子「何、昔の話してんの?」

乃亜「いやー、なんで、演出しなくなったのかなって思って」

彩子「就職したからじゃん」

乃亜「そんとき、最上さんから止められなかったんですか? 演出もしてくれって」

彩子「いや、向こうは二つ返事でいいよって言ってくれたよ」

乃亜「そうなんだ、なんかゴタゴタがあったんじゃないかなぁーって」

彩子「乃亜ちゃんは制作でしょ? その時の話知ってるでしょ?」

乃亜「いや、たしか最上さんからメール来て、後日電話で話聞いただけです」

彩子「彼らしいね」

乃亜「なんかその言い方だとなんかあったんじゃないんですか?」

彩子「ないよ、彼には、前前から言ってあったもん」

乃亜「そうなんだ」

彩子「ごめん、ラストスパートかけたいから、黙ってていい?」

乃亜「いいですよ。あっ、なんかDVD見ていいですか?」

彩子「そこらへんにあるやつ漁っていいから、黙って笑ってね」

乃亜「はい」

   乃亜と末松はDVDラックからDVDを探す。

   彩子はキーボードをひたすら打ち続ける。

   十一時半を指す時計。

   末松と乃亜は二人仲よくDVDを見てる。

   二人の見ている前に、原稿を差し出す彩子。

彩子「ごめんね、今あがったよ」

末松・乃亜「おつかれー」

彩子「ごめん、もうクタクタだわー」

乃亜「今回もこんなにボリュームあるのに、たったの一か月って、さすが彩ちゃん」

彩子「まぁー、プロットは決まってたから」

   あくびをする、彩子。

乃亜「じゃあ、欲しかったものは、もらったし、帰ろうかなー」

彩子「ごめんね、こんな遅くまで」

乃亜「大丈夫、見てくれだけのボディーガードはいるから」

彩子「ちゃんと守ってあげてね」

末松「俺そんなに信頼ないっすか?」

彩子「私は信頼してるけど、パートナーから信頼されてないんじゃねー」

乃亜「じゃあ、帰るよ。お邪魔しました。また、台本のことは後日メールするから」

彩子「わかった、おやすみねー」

乃亜「はーい、おやすみなさーい」

   乃亜と末松が彩子の部屋から出る。

   彩子、時計を見る。

彩子「あー、もーこんな時間。寝なきゃ」

   寝室へ行く彩子。

 

○彩子の寝室・(夜)

   ベッドと、二、三冊の雑誌と本がある程度。

   彩子が入ってくる。そのまま着替えずにベットに倒れこむ。

 

○鵜飼法律事務所

   机に突っ伏して、彩子が寝ている。

   彩子に近づいてくる、鵜飼美紀子(三五歳)

美紀子「渡久地さん」

   彩子、体をびくってして起きる。

美紀子「渡久地さん、もうお昼休みは終わりよ」

彩子「えっ?」

   周りを見回す彩子。

   十三時を過ぎている時計。

彩子「えっ?えっ?あれ?私、今日ちゃんと来たんだ」

美紀子「何?寝ぼけちゃって、嫌だ。頭が起きたら、私のところ来て頂戴ね」

彩子「はい」

   もう一度、周りを見渡す。

   二月のカレンダー。

彩子「あっ、そうだ。あれ言っておかなきゃ」

   彩子、デスクから資料を取り出し部屋から出ていく。

 

○事務所内、美紀子の部屋

   美紀子がパソコンを打っている。

   そこにノックがある。

美紀子「はい」

彩子が入ってくる。

彩子「失礼します」

美紀子「一昨日の言っといた資料できた」

彩子「あっ、はい。持ってきました」

美紀子「ありがとう、助かるわ」

彩子「あの、来月の休みの件なんですけど……」

美紀子「来月休まれると困るのよねー」

彩子「期末なのは、わかってますよ。でも、私も私用で」

美紀子「私は別にあなたの活動に対して否定はしないわ、でも、やっぱり、社会人なんだから、きちっとしてほしい時はあるかな」

彩子「すいません。午前休だけでもいいので、その日だけはお願いします」

   彩子、頭を下げる。

美紀子「しょうがないわねー。わかったわ。じゃあ、午前中だけ、休みね」

彩子「はい、ありがとうございます」

美紀子「で、今回はどこでやるの?」

彩子「下北沢のスズナリという劇場です」

美紀子「すごいじゃない。」

彩子「そんなことはないですよ」

美紀子「すごいわよ、もうすぐプロになってここからいなくなっちゃうんじゃない」

彩子「いやいや、それはないです」

美紀子「でも、本当に劇団が忙しくなったらそんなこと言ってられないかもよ」

彩子「そうなんでしょうかね? 私にはわかりません」

美紀子「若いんだから、いつかは自分の道を決めなきゃだよ」

彩子「はい」

   電話が鳴る。

美紀子「はい、はい、わかりました。私が対応します」

彩子「じゃあ、私は失礼します」

   彩子、部屋を出る。

 

○鵜飼法律事務所の廊下

   部屋から出てくる彩子。

   彩子、自分のデスクに戻ろうと歩き出す。

彩子「自分の道か……どうしよう」

 

○鵜飼法律事務所内・(夜)

   八時過ぎを示す時計。

   周りには誰もいない。

   パソコンに向かっている彩子。

彩子「終わったー」

   伸びをする彩子。

美紀子がコーヒーを持って近づいてくる。

美紀子「お疲れ様」

彩子「お疲れ様です。(コーヒーを受け取って)ありがとうございます」

美紀子「もう、休みに向けての帳尻合わせ?」

彩子「はい」

美紀子「あなたのまじめなところ、私は買ってるわ。それにやっぱりパソコンの扱いには慣れてるのね」

彩子「いやいや、台本書く程度でしかパソコンなんて触ってませんよ」

美紀子「でも、まぁー、こんな資料作るのなんてすごいわね」

   彩子、携帯が鳴る。

美紀子「どーぞ」

   彩子、携帯を取り出す。

彩子「あっ……」

美紀子「いいわよ、私に気を使わないで」

彩子「じゃあ、失礼します」

   彩子、メールを見る。

   乃亜からメール。

   「台本、最上さんからだいたいOKでいただきました」という内容。

美紀子「劇団の人から?」

彩子「はい、この前あげた台本の修正だと思います」

美紀子「大変ね、作家さんは」

彩子「いや、好きでやってるんでいいんです」

美紀子「私はこれから一軒行くけど、あなたのその様子だと行けなさそうね」

彩子「すいません、じゃあ、お先に失礼します」

   コーヒーを一口で飲み、急いで部屋を出る、彩子。

 

○鵜飼法律事務所・外・(夜)

   駅の方へ歩き出す彩子

 

○駅・(夜)

   電車を待つ彩子。

   電車が入ってくる。

   それに乗る彩子。

 

○電車内・(夜)

   帰りの電車の中。

   彩子座って寝ている。

 

○彩子の夢・居酒屋・(夜)

   劇団の打ち上げをしている。

   参加者は、乃亜、末松、小崎純(二四歳)、堀田信吾(二五歳)、霧谷春美(二一歳)。

   五人は皆楽しそうに飲んでいる。

乃亜「いやー、よかった。今回も無事に怪我もなく終わって。あたしは安心したよー」

末松「俺は自分のことでいっぱいいっぱいだよ」

堀田「それは、いつものことだろ!!」

一同「あはははー」

純「それより遅いね、彩さん」

乃亜「まだ会社に入ったばっかりだから忙しいんだよ」

春美「大変なんですね」

末松「みたいだね。俺達なんかぬくぬくしすぎかな」

堀田「いいじゃん、夢に向かって走ってるんだから」

純「でも、なんか最上さん見てるとねー……」

一同「……」

   そこに彩子が入ってくる。

彩子「お疲れ様—」

堀田「おっ、真打ち登場!!」

春美「お疲れ様でーす」

彩子「お疲れ様。ごめんね、一次会参加できなくて」

乃亜「いいの、いいの気にしないで」

彩子「乃亜ちゃんもちゃんと仕切れてるみたいだし、嬉しいよ」

末松「まあまあ、話したいことあると思いますけど、とりあえず一杯」

   末松、彩子にビールを注ぐ。

彩子「ありがとう。末松君も、今回評判良かったみたいだね」

末松「いやー、それほどでも。やっぱり、脚本がいいからですよ」

彩子「いやいや、それを舞台に上げた最上さんだよ。って、最上さんは?」

純「考えたいことがあるから、散歩だって」

彩子「そう……」

堀田「最上さんのことは後にして、それより聞かせてくださいよ、感想」

彩子「うーん……」

乃亜「ダメみたいだよ」

純「うん、なんか電源がオフになったみたい」

彩子「えっ?」

乃亜「この話も聞こえなかったの?」

彩子「ごめんね、感想だっけ? 堀田君はやっぱり、私の思ってた通りで嬉しかったよ」

堀田「マジっすか?」

彩子「うん。で、末松君は、やっぱり、メインの役だけあって、なんか引き付けられた」

末松「ありがとうございます」

彩子「それで、純ちゃんは、いつも思うけど色っぽいね。アンケート少し見たけど、純ちゃん目当てがいるのが面白かった」

純「それって、褒めてるの?」

彩子「最後に、春美ちゃん。この劇団のヒロインだけあって、すごいね。アンケートの人気投票一位らしいじゃん。書いた私もここまで人気出るとは思わなかった」

春美「えへへ」

彩子「なんか、あれだけど、みんな甲乙つけられないよ。みんなよかった」

乃亜「ねー、あたしは?」

彩子「乃亜ちゃんは、さっき言ったじゃん」

乃亜「えっ?あれだけ?」

彩子「だって、初めての制作にしては、よかったよ。私と最上さんの橋渡しして、みんな仕切って」

乃亜「それは、困った時は彩子さんにメールしてたからですよ」

彩子「でも、それにしても出来すぎだよ」

乃亜「ありがとうございます」

乃亜「本当は、客演してくれたみんなにも言いたいんだけど、仕事のせいで……」

純「仕方ない、仕方ない」

彩子「いいのかな、私、こんなんで」

乃亜「だって、それは、彩子さんと最上さんで決めたことしょ?」

彩子「そうだけどさ」

乃亜「だったら、いいの。気にしない」

彩子「うーん……」

乃亜「そんな声ださないでよ。次回もこれで行くんでしょ?」

彩子「まぁーね」

乃亜「だったらしかたない、作家先生は、作家に徹するべきだよ」

彩子「うーん」

乃亜「ねー、さっきから、最上さんのこと気になってるでしょ?」

彩子「うーん、うん」

乃亜「だったら、いっそ探してきなよ。こんなんじゃダメだよ」

彩子「うん、ごめんね」

乃亜「じゃあ、とっとと行ってきないな。で、連れて帰ってきてね」

彩子「ごめんね。みんな、ごめんね」

   彩子、申し訳なさそうに席を立つ。

   残った面々は、話を続ける。

 

○彩子の夢・繁華街の路地・夜

   最上智裕(二七歳)が缶ビールビール片手にたばこを吸いながら座り込んでいる。

   その姿を見つける彩子。

彩子「あっ、いた」

最上「おー、来たんだ」

彩子「ごめんね、仕事遅くなってごめん」

最上「いいよ、それより、大好評だったよ」

彩子「よかったじゃん」

最上「みんな、作品が良かった、脚本が良かった、役者が良かったって」

彩子「よかったね。今度はあそこよりキャパ大きい所でやるんでしょ?」

最上「あー」

彩子「これからも頑張らなきゃだね」

最上「あー」

彩子「ねー、酔ってる?」

最上「酔ってないよ。いたって正常だよ」

彩子「じゃあ、なんでそんなに気のない返事なの」

最上「俺のこと褒められてないんだよ」

彩子「えっ? だって、作品が良かったとか言ってたじゃん」

最上「それは全部。俺は演出だよ、役もちょっとだけ。俺って、この公演やる意味あったのかな?」

彩子「主宰がそんなこと言ってどーすんの? これからが勝負だよ」

最上「俺が演出やる意味あんのかな? 彩子が書いて、彩子が演出すれば、全部が丸く収まるじゃん」

彩子「それは無理だよ。私は仕事で忙しくて、稽古に付きっきりは無理だよ」

最上「なんで、就職しちゃったの?」

彩子「それは……安定した収入がほしかったから。いつまでもフラフラしてられないし」

最上「それって、俺たちのこと馬鹿にしてるってことでしょ?」

彩子「違うよ。そうじゃなきゃ、私は脚本なんて提供してないよ」

最上「お前は安定が欲しいんだろ? 不安定な俺達から離れたいだよ」

彩子「……」

最上「だから、俺と別れたのか?」

彩子「違う。それは、違う」

最上「じゃあ、何なんだよ? なんで、俺に何も言わないでアパートから出ってたんだよ!!」

彩子「違う、違うの、それは、それは!」

 

○彩子の部屋・(朝)

   ベットから飛び起きる彩子。

   服装はパジャマ。

彩子「あー、夢かぁー」

   周りを見渡す。

彩子「あれ? 帰ってきてたんだ」

   携帯のランプが光ってる。

   携帯を見る。

   乃亜からのメールが来きている。

   「電話のことよろしくお願いします。今日、台本の改訂の打ち合わせに彩子さんち行きますのでそれもよろしく」

彩子「あちゃー、そういう約束しちゃってたんだ。返信してるし」

   返信内容は、「OK、乃亜ちゃんに時間任せるよ」

彩子「あー、どーしよう……とりあえず、シャワー浴びようかな、ダメだ」

 

○彩子のリビング・(夕方)

   時計は午後五時過ぎを指している。

   TVにはお芝居のDVDが流れてる。

   それを見ている乃亜と堀田。

   彩子はパソコンで何か書いている。

乃亜「やっぱり、この俳優さんかっこいいよね」

堀田「えー、俺とどっちがいい?」

乃亜「それはー、信吾ちゃんだよー」

堀田「やっぱりー」

乃亜「うん。ねー、喉乾いたー」

堀田「はい、これ」

   堀田がビニール袋からミルクティーを取り出す。

堀田「はーい」

乃亜「おっ! 気が利くじゃーん。いただきまーす」

   乃亜がミルクティーを飲む。

乃亜「やっぱり、このメーカーだよね。わかってるね、信吾は私のことわかってるね」

堀田「まぁーね」

彩子「ねぇー、二人って何年目だっけ?」

堀田「えーと、一年半かな」

彩子「長いねぇー」

乃亜「でも、だいたい毎日メールしてるもんねー」

堀田「だねー」

彩子「そんなこと聞かなくても、二人の仲の良さはわかるから」

堀田「あざぁーす」

彩子「それよりいいの? 堀田君は稽古行かなくて」

堀田「今日は自主練ですよ。だって、今日は最上さん休みだし、台本改訂されるんでしょ?」

彩子「そうなんだー。でも、行かなくて大丈夫なんだ?」

堀田「うーん、彩子さんにそう言われると心配だ」

乃亜「私は行かなくてもいいと思うけどね。どーせ台本の内容が変わるから、また明日から頑張ればいいよ」

堀田「乃亜がそういうからいいや」

彩子「乃亜ちゃんは、甘やかすねー」

乃亜「いいんですよ。今日のここに誘ったのは、私ですから」

彩子「そうなんだ……」

   自然と堀田と乃亜がDVDを見る。

   彩子はパソコンに集中する。

 

〇彩子のリビング・(夜)

   時計が午後八時を指している。

   彩子と乃亜と堀田がテーブル囲んでいる。

   それぞれ台本をもっている。

乃亜「こういう流れなら、ここのセリフいらないと思ってるんだけど」

堀田「彩子さんぽいけどなぁー」

乃亜「でも、おかしいでしょ? 話が偏ってるじゃない女に」

堀田「いいじゃん。俺は、どっちも共感もてるよ」

乃亜「今回はどっちかと言うと、このロリコンの男に集中させたいし、共感させたいの。あくまで、その女は話をまわすだけ」

堀田「えー、だけど、それじゃあ、彩子さんの脚本ぽくないじゃん」

乃亜「最上さんの変更のリクエストもそういうのなの。男も女にも共感されちゃうと話が薄れるの」

堀田「そうかなー」

乃亜「だから、彩ちゃんには悪いけど、このラストはもっかい考えてほしんだけど」

彩子「うーん……。とりあえず、考えてみるけど、乃亜ちゃんの言ってることは、最上さんの言ってることと合致してないよ」

乃亜「そうかな?」

彩子「うーん。だって、今回の台本改訂はあくまでみんなに均等に山を作ってあげろってことでしょ? だったら、このラストは、ありだと思うけどね」

乃亜「えー、だって、二人に愛があったら物語がきれいじゃないですか。なんかそれだと今までと違う色だとおもうんだけど」

堀田「ロリコン男が小学生を一四年監禁した後、大人になった小学生を愛せるか? っていうのが今回のテーマなら問題ないでしょ」

彩子「うん、そう。私の中のシミュレーションだと、今回の台本みたいなのだと思うけどね」

乃亜「そうなのかなー」

彩子「でも、乃亜ちゃんがなんて言おうと、もう最上さんにはメールで改訂版送ってあるし、最上さんのみぞ知るって感じじゃない?」

堀田「そうだよ。乃亜がなんて言おうとも、最終的には演出の最上さんが決めるんだから、乃亜は口をださない」

乃亜「ブー」

堀田「そんな顔してもダメ」

彩子「堀田君のほうがよっぽど状況をわかってると思うよ」

乃亜「ブーブー」

彩子「まぁー、これで駄目だったら、乃亜ちゃんと一緒に考えるから、ね?」

乃亜「わかったー」

彩子「じゃあ、今日はお開きということで。長い時間ごめんね」

堀田「いいですよ。気にしないで」

乃亜「うん、たまには稽古場に顔出してね」

彩子「わかった。台本が決まったらね」

乃亜「みんな待ってるから」

彩子「はーい」

堀田「じゃあ、失礼します」

乃亜「お邪魔しましたー、またねー」

   二人出ていく。

   溜息をつく彩子。

   台本を手に取り寝室へ向かう。

 

○彩子の寝室・(夜)

   台本を読みながら入ってくる彩子。

彩子「そんなに変かな」

   ベットに寝そべりながら、台本を読む。

彩子「おかしくないと思うんだけどなー。まぁー、いいか」

   台本を投げ捨て、蒲団をかぶる。

 

〇鵜飼法律事務所

   パソコンに向かって資料を作成する彩子。

   そこに携帯のバイブ音。

   彩子が驚く。

   携帯をこっそりのぞくと乃亜からのメール。

   「今日、通しの稽古をするんで見に来てもらえませんか?最上さん今日は休みなんですよね」

   返信する、彩子。

   そこに美紀子が現れる。

美紀子「今夜、暇?」

彩子「あー、今夜はちょっとあれが……」

美紀子「あー、もうそろそろ本番よね?」

彩子「はい」

美紀子「ねー、私の分のチケット取っといてもらえない?」

彩子「あっ、はい、ありがとうございます」

美紀子「あなたの書いた脚本ってすごく面白いのよね。なんか女性独特の感性っていうのそれがうまく言葉になってるって感じで」

彩子「いや、私は台本を書いてるだけです。実際に演技をしてるのはみんなだし。演出をしてるのは、主宰だし」

美紀子「でも、あなたの台本ですべてが成り立ってるのよ。自信もっていいんじゃないの?」

彩子「私なんて、ただの一脚本家ですよ」

美紀子「でも、それがあるから劇団が成長してるんでしょ? あなたの賜物よ」

彩子「そうなんですかねー」

美紀子「そうよ。自信持ちなさい。私応援してるから。でも、そっか、じゃあ今夜も無理か」

彩子「すみません」

美紀子「でも、仕事は手を抜かないでよ」

彩子「それはもちろんです」

美紀子「じゃあ、頑張ってね」

彩子「ありがとうございます」

   美紀子、彩子のデスクから去る。

   美紀子を見送りながら、どことなく嬉しそうな顔をする彩子。

 

〇鵜飼法律事務所・夕方

   彩子、資料の作成が終わる。

   大きく伸びをし、時計を確認。

彩子「あー、これなら余裕だな」

   彩子、帰り仕度をすませ事務所を出る。

 

 

〇稽古場・夜

   劇団の面々がフォームアップをしている。

   乃亜はパソコンで作業をしている。

   そこに入ってくる彩子。

   一同がそれを見る。

一同「おはようございまーす」

彩子「おはよう。えっ? 私、待ちだった?」

乃亜「そうだよ」

彩子「いいのに、勝手に始めちゃって」

末松「演出いないのに、しかも、こいつしか見てないのに、始めても意味ないっすよ」

純「乃亜ちゃんだけじゃやってる意味ないし」

彩子「思ったんだけど、最上さん休みってどーゆーこと?」

堀田「あれっす、バイト」

彩子「なんでこんな時期までバイト入れてるの?」

乃亜「なんかお金が必要みたいよ」

彩子「まあぁー、いいや。私でいいなら見てるから、始めちゃおう」

乃亜「お、なんかスイッチ入りました? このまま演出復活しちゃう?」

彩子「私は乃亜ちゃんを信じて、仕事も早めに上がってきたのに」

乃亜「ごめん、ごめん」

彩子「じゃあ、十分後に通しはじめよう。各自、それまでに準備しといてね」

一同「はーい」

        彩子、かばんから台本とたばこを取り出し部屋を出る。

 

〇稽古場の喫煙所・夜

   台本を眺めながら、煙草を吸う彩子。

   一本吸い終えたら、稽古場に戻る。

 

 

〇稽古場・夜

   各自が自分のセリフを確認しながら、うろうろしている。

   そこに彩子が入ってくる。

   彩子を見る一同。

彩子「じゃあ、やろうか」

一同「はーい」

   彩子、演出席につく。

   役者達も自分のポジションにつく。

彩子「よーい、はい」

   芝居の通しが始まる。

 

〇稽古場・(夜)

   時計は九時過ぎを指している。

純「私が生まれてきたこと自体が、罰ゲームみたいなもで、私が生まれてこなければお兄ちゃんも、パパもお継母さん幸せになれたんだよね?そうだよね?」

末松「違う。俺は、愛子と出会えたことが幸せだった。それを俺は裏切った。俺がいけないんだ。だから、俺がここからいなくなっても、愛子のことは認める。全肯定する」

純「ありがとう。ありがとう、お兄ちゃん! 私、待ってるから。ここで待ってるから。ずっと、絶対に」

末松「愛子、じゃあ、お兄ちゃん行ってくるな。戻ってくるからな」

純「うん」

末松、堀田に連れられてはけていく。

純「大好き、お兄ちゃん」

彩子「はい! おつかれー」

乃亜「お疲れ様ー」

   各自が水を飲んだりしている。

彩子「いきなりダメ出しってゆーのも、みんな疲れてることだし、乃亜ちゃんここ何時まで?」

乃亜「一〇時に完全撤収です」

彩子「じゃあ……」

   彩子、時計をみる。

彩子「九時一五分まで休憩で」

一同「はーい」

彩子、台本とペンとたばこを持って出ていく。

 

〇稽古場の喫煙所・夜

   煙草を吸いながら、台本にダメを書いていく彩子。

   そこに純と末松が入ってくる。

二人「お疲れ様でーす」

   二人とも煙草を吸う。

彩子「お疲れ様」

末松「なんか、彩子さんのその姿懐かしいッスね」

彩子「そう?」

末松「様になってるってゆーか、なんかいいっス」

純「で、どーだったの?」

彩子「えー、それはどーゆー意味?」

純「いや、全体でも、私だけでも、どっちでも」

彩子「あんまり、演出はいじっちゃ悪いと思うから、あれだけど、なんかね」

純「なんですかー?」

彩子「いやー、なんか私が思ってたのと違うところがちょっとあるかなって感じ」

純「たとえば?」

彩子「うーん、愛子は何歳?」

純「二六歳ですよね、設定では」

彩子「そこだよね、純ちゃんの中では愛子は二六歳というのがもう間違えなのよ」

純「えっ?どーゆーことですか?」

彩子「詳しくはダメ出しの時に言うけど、愛子は一に歳なんだよね。一二歳のままの二六歳なの」

純「あー、あーあーあー」

彩子「つまりは、そこのギャップなんだよね、愛子のキャラを作るうえでは、で、今のだとセリフ回しが大人なの、わかる?」

純「あー、そういうことー」

彩子「で、末松君は逆なの。そこわかる?」

末松「今の聞いてなんかわかりました」

彩子「逆なのよ、お互いが、私の意図したこととは違って」

末松「あー、やっぱり彩子さんですね。最上さんだと、そこまで言ってくれませんもん」

彩子「まぁー、書いた本人だからこう言えるだけで、最上さんは最上さんで何かあるかもよ」

末松「うーん……」

  春美がやってくる。

春美「あの、もう時間ですよ」

純・末松「はーい、行きまーす」

彩子「ごめん、あと五分頂戴」

春美「わかりました」

彩子「ごめんね」

   純と末松と春美は稽古場へ向かう。

   彩子は煙草を取り出し、煙草を吸い始め、台本に書いていく。

 

〇稽古場・夜

   各々がリラックスして、何かしている。

   そこに彩子が入ってくる。

彩子「ごめんね、じゃあ、ちゃっちゃとダメ出し行くよー」

一同「はーい」

彩子「ダメ出しって言っても、脚本家からの要求程度だと思って今後の参考にしてください」

一同「はーい」

彩子「じゃあ、一場から……」

   彩子のダメ出しが始まる。

 

〇稽古場・夜

   彩子からのダメ出しが続いている。

彩子「だから、全体的にいえば、純ちゃんの愛子っていうのは、さっき言った通りで、二六の体をもつ一二歳の女なの」

純「うん」

彩子「二六歳の大人になった女性をロリコンの男が愛していられるかっていうのが、私が書きたかったこと」

末松「うん」

彩子「で、堀田君と春美ちゃんはこの二人の世界を壊す役割なの、しかもそれに対して罪悪感とかなしでね」

堀田・春美「はい」

彩子「だから、今のキャラよりもっと楽天的でいいと思うのね。だから、二人の世界を明るくぶっ壊して欲しいの」

堀田・春美「わかりました」

彩子「じゃあ、それで。でも、私の話は参考程度で、最上さんに言われたことのほうを守ってね」

一同「はーい」

乃亜「そろそろ時間です」

彩子「じゃあ、撤収準備して、帰ろう」

一同「お疲れ様でしたー」

 

〇稽古場の帰り道・夜

   それぞれが、誰かと喋ってる。彩子は、乃亜に話しかける。

彩子「ねー、乃亜ちゃんさー」

乃亜「なんですか?」

彩子「台本のことなんだけどさ、ラスト改訂したいなーなんて思ってるんだけど」

乃亜「えー、大丈夫なんですか?本番まで時間ありませんよ?それに最上さんとも話さなきゃだし」

彩子「そうなんだけど、今日見て思ったんだけど、ラストもう一段階なんかあってもいいかなーと思って」

乃亜「私はあんまり賛成しませんねー」

彩子「最上君とは、私が話しとくから、お願い」

   懇願する彩子。

乃亜「わかりました。じゃあ、彩ちゃん直々に話しといてくださいよ」

彩子「サンキュー」

 

〇駅・夜

   各々がそれぞれ話している。彩子だけ、反対方向の電車を待っている。

   先に彩子の乗る電車が来る。

彩子「じゃあ、みんなお疲れー」

一同「お疲れ様でした」

   電車に乗る彩子。

 

〇彩子の寝室・夜

   疲れた表情の彩子。

   最上に電話するが、つながらない。

彩子「まったく、お気楽だねー。嫌になっちゃう」

   彩子、ベットに倒れこむ。

彩子「明日でもいいかー」

   彩子、そのまま眠りにつく。

 

〇彩子の夢・鵜飼法律事務所

   彩子、普段通り仕事をしている。

   そこに携帯のメールが来る。

   乃亜からのメールで、内容は「なんか大変なことになってるんで今日稽古場来てく  ださい」

   彩子、こっそり返信する。

〇彩子の夢・鵜飼法律事務所・夕方

   仕事を切り上げて帰ろうとしている彩子。

   そこに、美紀子がやってくる。

美紀子「最近、帰るの早いわねー」

彩子「すいません」

美紀子「みんな頑張ってやってるのに、悪いと思わないの?」

彩子「自分の仕事は終わらせました」

美紀子「だからって、早く帰っていいってことにはならないでしょ?」

彩子「そうですね」

美紀子「今日も稽古?」

彩子「そうです……」

美紀子「だよね、本番前だと忙しくなるよね。しょうがないから、今回だけは見逃してあげる」

彩子「すいません」

美紀子「でも、帰ってきたら、ちゃんとやってね」

彩子「わかりました」

美紀子「行ってらっしゃい」

彩子「失礼します」

   彩子急いで、事務所を出る。

 

〇彩子の夢・稽古場・夜

   急いで入ってくる彩子。

   誰もいない。

   携帯で、末松に連絡。

彩子「もしもし?末松君?」

末松の声「なんすか?」

彩子「今日稽古じゃなかったっけ?」

末松の声「稽古ですよ、本来なら」

彩子「えっ ?どーゆーこと?」

末松の声「それよりもなんで彩子さん言ってくれないんですか? 乃亜? 二股かけられて?」

彩子「だって、それは知らないほうが幸せかなーって思って……」

末松の声「今、堀田とも一緒にいるんで変わります」

彩子「はっ?」

堀田の声「乃亜の二股のこと、なんで言ってくれないんですか?俺、彩子さんのこと信じられませんよ。俺、彩子さんの作品好きなんですから」

彩子「ありがとう。でも、二人のことも私は好きだったから言えなかったの」

純の声「彩子さん、私も彩子さんのこと好きだから、今まで付いていこうと思いました。でも、こんなことになるなんて」

彩子「えっ? 純ちゃんも一緒なの?なんで?」

春美の声「嘘つき」

彩子「春美ちゃんも? えっ? どういうこと?」

   その時、携帯にキャッチホン。

   相手先は鵜飼法律事務所。

彩子「ちょっと待って、仕事場から電話あったからいったん切るね。もしもし?」

美紀子の声「もしもし、渡久地さん?」

彩子「はい」

美紀子の声「この資料どーなってるの?この前、作ってもらった資料。先方に見せたらカンカンに怒っちゃって、仕事できなかったじゃない!!」

彩子「すいません」

美紀子の声「すいませんで済んだらね、全然いいの。贔屓にしてもらってる方なの。その人がこんなことははじめてだって。今回で縁を切らせてもらうって」

彩子「……」

美紀子の声「そうそう、あなた、明日から休み取ってたわよね、お芝居で。丁度いいから、しばらく来なくていいから、それじぁあ」

   一方的に電話を切られる。

   呆然自失の彩子。

   携帯からは、通話が切れた音。

   そこに乃亜と最上が入ってくる。

彩子「ねー、今日は稽古じゃないの?」

乃亜「稽古の予定でしたよ」

彩子「予定でしたってどーゆーこと?」

最上「今日、お前が働いてる間に劇団員で会議したんだよ。今後について」

彩子「今後って、もう稽古期間一週間しかないのに、何で今後のことを話し合いするの」

最上「実はな、次回公演から、作演をこいつに任せようとと思って」

彩子「なんで、乃亜ちゃんに?」

最上「こいつ面白いやつなんだよ。最初に俺に台本持ってきたときは駄目だったんだけど、書きなおさせるたびに良くなっていってるんだよ」

彩子「それで、みんなは」

最上「他の劇団員の連中は、彩子の台本でやりたいって言ったんだけどよ、彩子は芝居を辞めたいって言ったら、みんな戦意喪失しちゃってさ。みんな辞めるって」

彩子「私は、芝居を辞めるなんて一言も言ってない!!勝手なこと言わないで」

最上「でも、前の打ち上げの時、そんなこと言ってたよな」

彩子「それは、あなたにもっといい役者になってほしかったから、今のままだとダメだから」

最上「それは本当か?」

彩子「本当よ、だからあなたが輝く役を書きたくて作家をしてるの」

最上「それも本当か?」

彩子「本当。私はそんなつもりで智裕のもとを離れたんじゃない?」

最上「じゃあ、なんで正社員で働く?」

彩子「私はみんなと違って、アルバイトで暮らせるほど裕福じゃなかった」

最上「違う、自分だけ安全な場所が欲しかったんだろ?」

彩子「違う、違う、違う!」

 

〇フラッシュ・彩子のリビング・夜

乃亜「いや、彩ちゃんはそんなに謙遜することないよ。彩ちゃんの零から一を作る能力は私は欲しいな」

 

〇彩子の夢・稽古場・夜

彩子「あの言葉はなんなの?」

   涙を流しながら頭を抱える。

 

〇フラッシュ・繁華街の露地・夜

最上「お前は安定が欲しいんだろ? 不安定な俺達から離れたいんだよ」

 

〇彩子の夢・稽古場

彩子「私はそんなつもりはないの、作家としてみんなに認められてたらそれで十分なの!」

 

〇フラッシュ・居酒屋・夜

純「彩さんはすごいねー」

末松「俺はこんな本にあえて嬉しいです」

堀田「こんなセリフ言ってみたかったです」

春美「ありがとう」

 

〇彩子の夢・稽古場・夜

   だんだんと彩子の周りが暗くなる。

彩子「みんな。あぁー!!」

   彩子の雄たけびが活字になって画面に出る。

 

〇未来の彩子のリビング

   白を基調とした部屋。

   壁一面には本棚。

   その本棚の一角には、彼女が書いてるハードカバーの本が並んでいる。

   パソコンに向かっている彩子。

   その姿は雄叫びをあげた時の格好。

   パソコンに書いていてことを全部消す。

彩子「あー、ダメだー」

   机に突っ伏す彩子。

   彩子の後ろから編集者の萩原健一(二八歳)が近寄る。

萩原「大丈夫ですか、先生」

彩子「大丈夫よ。昔の嫌なことを思い出しただけ」

萩原「無理しないでください」

彩子「いいの。そうしないと良い作品は書けないから」

   パソコンの画面に向き直る彩子。

彩子「私は過去売っているの」

萩原「とにかく無理しないでください」

   少し困惑する萩原。

彩子「(小声で)私は間違ってないよね?」

   パソコンの画面に同じ文字。

   そのあとに、「うん、それでいい」と入力される。

                             END