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悪ふざけ:Rain坊

 昔々のお話です。

 季節は夏。生命の息吹を最も強く感じるそんな頃。

 時刻は正午。日中日照りのまっさかり。

 天気は快晴。いつまでも続く快晴の嵐。いつまで続くの断水地獄。

 場所は地獄。草で景色が埋まっているそんな場所。

 そしてその草取り真っ最中。

 さてはてどうなることやらこのお話。

 

「暑い」

 やる気を奪うほどの太陽光に全身を晒され、最初に出た言葉がそれだった。

「そうだな」

 友人のBもその熱に何かを奪われているのか、先ほどからおざなりな返しをしてくる。

 まともに水分補給を行ったのはいつの日だっただろうか。喉が渇く。暑い。きつい。思考が上手くまとまらない。何をしているのかも、何をやっているのかも分からなくなってくる。ただ感情を素直に吐露するだけ。

「暑い」

「そうだな」

「暑い」

「そうですね」

「暑い」

「そうです」

「暑い」

「そう」

「暑い」

「そ」

「暑い」

「…………」

「暑い」

「熱い」

「うるさい。うっとうしいからこれから『あつい』禁止な。あついを言うぐらいなら黙って草取れ、刈れ。そうじゃないとお前を狩る」

 友人Bは鎌を構えながら僕にそのように忠告する。その眼はどこか焦点が定まっておらず、虚ろ虚ろしていた。

 どうやら暑さは人の感情を高ぶらせる。良くも悪くも。

 草取りを黙々としている自分の腕を眺めてみる。男として決して立派とは言えないけれど、血管がしっかり浮き上がるぐらいには鍛えられている。自分の手首にひとさし指と中指を当ててみる。どくんどくん、と川のように血液が流れているのを指先で感じることができる。

「ねえ」

 友人Bに話しかける。

「なんだよ」

 先ほどの会話で機嫌を損ねたのか、僕の呼びかけに対しての対応はざらを通り越して、雑だった。

「血って飲めるかな」

 素朴な疑問として友人Bに語りかける。

「さぁ」

 しばらく考える間があって友人Bはそう応えてくれた。その瞬間、僕は見逃さなかった。友人Bが喉を鳴らすところを。しかしそれは自分も同じだ。喉が渇いているのはいっしょなのだ。水分であればなんであろうとどんなものであろうと取りたくなるというものだ。たとえそれが想像上妄想上であったとしても。それに別に友人Bに対して正しい解答を求めているわけではないのでこれでいい。今欲しいのは苦痛を多少なりとも誤魔化すだけのつぶしさえあればいいのだから。

 そこからは友人Bが独り言をつぶやき始めたので会話をすることができなくなった。そのため僕は無言で草取りをすることにした。

 足首ほどにまで伸びている草をある程度束ねて、根元から鎌を使って刈る。刈った草はその辺りに放り投げる。そして進む。

 束ねる。

 刈る。

 捨てる。

 進む。

 束ねる

 刈る。

 捨てる。

 進む。

 束ねる。

 刈る。

 捨てる。

 進む。

 繰り返す繰り返す繰り返す。ただひたすら繰り返す。

 黙って黙って単純作業を行っていく。

 刈っても刈ってもどんなに刈っても一向に草一面の景色は変わらなかった。

 だんだん飽きてきた。狂うほどに飽きてきた。

 次第に何かしら自分も独り言でいいので言葉にしたくなった。理由などない。敢えて言うなら苦痛だから。つぶしをしたいだけだ。

 何か独り言にいい言葉はないものかと、ふやけた思考の中で必死になって捜してみる。

「厚い」

 そしてふと思いついた言葉をなんとなくさりげなく呟いた。

「禁止つったろ」

「あ、つい」

 これが、やる気を奪うほどの太陽光に晒された僕の最後の言葉になった。

 

 

 そうして友人Bは己の友人を鎌で刈り取り、その血を啜ったそうです。

 さらに周りにいた自分たちと同じように草取りを行っている者たちを次々と刈り取ってはその身から溢れ出た血を啜り続けました。最後には自ら鎌で首を切り落としことを終えたそうです。

 こうして日照り続きで水不足だったその地に赤い川ができたそうな。

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 なんて、そんな風に適当な物語をでっち上げたものの、今現在自分の地獄であるところの状況が打開されるわけでも紛らわせるわけでもない。みんなは夏休みに入ったというのに僕だけ夏休み前にあったテストで芳しくなかったため、夏季特別補習に参加させられていることには違いはないのだから。

 正直言ってこれは自業自得としか言いようがないのだが、しかし子どもというものは遊ぶことも本分というではないか。それにしたがって、僕は実にモラルに沿った学生の道を歩んでいると思う。品行方正とまではいかなくともそれなりに謙虚で誠実、しかしルールに雁字搦めになるほど凝り固まった考え方をしているわけでもない。適当に適当。だからこそ僕は勉学よりも友人たちの付き合いを大事にし、また友人たちが付き合えない場合であっても、どうやったら一人だけでも時間がつぶせるのかを一生懸命考え、遊ぶことに一切の妥協をしなかった。遊びを極めたなんて恐れ多いことは言わないけれど、遊びを満喫はしていると自負している。何を犠牲にしても学生の本分であるところの遊びを欠かさないのだ。皆勤賞ものである。これが僕の唯一の自信であり誇りであり自慢だ。

 遊ぶことを恥じるな。『少年よ、大志を抱け』という偉大な言葉があるが、この偉大な言葉を勝手ながら僕なりの解釈を入れて借りるとするならば『少年よ、遊べ』となる。まさに遊んでだめなら遊び抜けの精神です。

 その結果、テストが全教科一桁台であろうと後悔はしない。反省はするけれど後悔はしない。どうして全教科零点台を取るまで遊ばなかったのだろうかという反省はするけれど、どうして遊ぶことを控えて勉学に励まなかったのだろうかという後悔は絶対にしない。それは僕の遊びの美学に反する行為だ。

 さて。しかしここで一つの問題が発生していることに僕は気づいてしまった。それは僕の学生としてのモラルに大きな傷をつけるものであり、致命的なミスだった。

 それは夏季補習により夏休みという学生間での黄金期とも言えるであろう遊びのチャンスを逃してしまったということだ。どうしてこうなった! これははっきり言ってまずい。これでは僕は僕として今まで築いてきたものすべて壊してしまうことになる。崩壊してしまう。崩落してしまう。夏に立てていた計画もこれでは頓挫してしまう。やりたいことは山ほどあり海ほど深く期待していたというのに。海で泳ぎたい、虫を取りたい、プールで泳ぎたい、キャンプしたい、バーベキューしたい、祭りに行きたい、満点の星空を眺めていたい、花火をしたい、お墓参りをしたい、意味もなく叫びたい、はやくお家へ帰りましょうという放送があってもすぐには帰らないことをしたい、爆竹を鳴らしまくりたい、暑いと何回でも言っておきたい、蝉うるさいとか言ってみたい、スイカを素早く食いたい、そうめん流しをうどんでやってみたい、クーラーをガンガン効かせて風邪を引きたい、スイカ割りをカボチャでやってみたい、アイスをおなか壊してしまうぐらい食べたい、部屋の中でロケット花火を飛ばしてみたい、俺って最強だと嘯いてみたい、とにかく遊びたい。予定はぎっしりだ。

 ぶっちゃけて言うとこの補習をサボタージュしようかと思ったし、その覚悟もあったのだけれど、親という名の資金源かつ生活源かつ生命源を先生という名の遊び反対運動派が完全支配下に置いてしまったためできなくなってしまった。だから逃避というのは不可能になった。それでは僕はどうすればいいのか、これまた考えた。そして思いついたのが先ほどの脳内物語。想像で妄想で虚像で遊ぶという画期的なアイディアを思いついたのだ。これは自分で自分を褒め殺したいほどいい考えだと言わざるを得ない。もうかれこれ5時間ぐらいは遊び反対派総帥、我が担任の先生殿のお話を聞き流せているうえに、物語を作るということは思っていたよりも楽しいものだった。現実には実現不可能なハチャメチャなことをやっても矛盾や謎を飲み込んでしまうからまさにやりたい放題である。遊びに妥協をしめさない僕にとってこれほどよい遊び方はなかったのではないかと自分の遊びの才能に嫉妬や畏怖までも感じてしまう。

 しかし、天才的なアイディアであるこの脳内物語にも弱点というものが存在してしまったのだ。だけれどこれはこの脳内物語に限らず遊びというものに対してすべてが持ち合わせている弱点でもあり、人類が総力をあげて克服するべきであろうことだろう。

 飽きた。

 すっかり飽きてしまったのだ。

 当たり前のことだけれど、脳内物語はあくまで自分で考える物語なので自分に存在しないものは登場しないし、存在しない。だから何回も何回も繰り返し行くうちに同じものであったり、少しパターンを変えただけの踏襲したものばかりになるのである。いずれ限界がやってくるのだ。それではすぐに飽きがくるのが常識というものである。だったら、違う息吹を吹き込めばいいと思いもしたけれど、補習という監獄の前ではそれも難しい。こうして脳内物語もさっきのを最後にネタ切れになってしまったのだ。

 そこでまた僕は考える。

 はてさて、一体全体どうしたものか。

 どうしたものか。

 ふむ。

 うーん。

 ……………………。

 おお、そうか。いいことを思いついたぞ! どうして最初からこうしなかったのだろうか。本当にいいアイディアじゃないか! これならば飽きなど起きやしない。完璧だ。理想的な解決法だ。これは誰も思いつきやしない。

 よし、それではさっそく――

 

 

 おやすみなさい。

〈了〉