twitter文芸部のつぶやき

フォロワー募集中!

オフィシャルアカウント

部員のつぶやきはこちら

現在の閲覧者数:

見ていたはずの季節:牧村 拓

.

それはせつせつと落ちる薄墨色の桜

 

落ちていく花びらを 受け止めてはこぼし受け止めてはこぼし

もう次があるとも思えぬ老木を見上げながら

まばたきをひとつする その半分の半分の時間に

えいえんを感じた

彼ら

 

列車は左手に桜を置き 右手に町並みを置き

煙を吐くことを忘れたままで 走っていく

行きすぎる公園に見えた 老人と幼子のほほえみ

あるいは彼らもああなれたのだろうか

やはり

 

開かれた小説の1ページに 優しい光が

映じられた

文字はぼやけ 筋はかすむ

この本を閉じるころには

列車も終着駅にたどり着くだろうか

 

夏.

それはしくしくと身を責める真黒な夕立

 

唐突におとずれた雨に 靴も髪も濡らされ

重くなった身体と影をせおい 歩いていく

影は闇にまぎれそうで そっと縮こまって

雨雲なんてひっくり返してやると 空を睨んだ

彼と彼女

 

晴れ間の見えはじめた空から 顔を出す

恥ずかしがりの光を

逆に抱きすくめるように 歩いて行ったら

彼はどんな顔をするのだろう

すこしは驚いてくれるだろうか

それとも

 

閉じたはずの小説が 吹き込んだ風に開かれ

あるはずもなかったページを開く

映じられる様を

見ないように 忘れてしまったように閉じて

まだ何者にもなれない街へと出る 

 

秋.

それはびょうびょうと風に吹かれる白い街路樹

 

雑踏をいく人々に 見過ごされ

時折寄りかかられることの幸せに身を焦がしているのか

イーゼルを抱えた老人が 自分を焼きつかせてくれるよう

絶えず望み 叶わず 葉を落としているのか

その葉を 拾い集めて 焼きくべてあげた

二人

 

落ち葉が重なって

濡れた地面を覆い隠す

いつかの彼女を思わせて

そうっと枯れた葉を踏みしめた

なのに葉は 声をもらす

だから

 

あの交差点のむこう 閉じたきりの本屋に

まだあの本はあるだろうか

いつか続きを読めたらいいと思う

でもいつかより少しだけはやく

誰かが手にするだろうということも

とっくにわかる頃だ

だから赤と青の光から離れるよう 背を向ける

 

 .

冬が僕らのうえに落ちてきた

僕と君のあいだを埋めるように

しんしんと積り出す 

いますぐにでも溶けてしまえばいいのにと

思いながら 叶うはずもなく

はっか煙草に火をつける

 

春の老桜も 夏の長雨も 秋の落葉も

ともに過ごしてきた僕らだから

最後に訪れた冬の白さに

僕の瞳まで漂白されたような色をしていた

そこに映じられるやわらかな光は

もう影をつくったりはしないのだと

わかっている

 

散らかったテーブルの上で

背を上にして開かれたままの一つの小説

読み進められることはない

けれど続いていく物語に

僕はどんな言葉をのこすべきだったろう

わかるまで もうひと連なりの季節を

誰かと巡るなんて できるのだろうか


だから僕の住んでいた一人部屋に火を点けて

冬を遠ざけ この街を出ていくことにした

 

コメント: 0